3月号
神戸鉄人伝 第87回 声楽家・大阪音楽大学准教授 並河 寿美(なみかわ ひさみ)さん
剪画・文
とみさわかよの
声楽家・大阪音楽大学准教授
並河 寿美(なみかわ ひさみ)さん
2016年、神戸文化ホールで開催された「オペラde神戸(オペラ・ドゥ・コウベ)」。ほの暗い舞台で、愛する夫への想いを朗々と歌い上げる蝶々夫人。その清らかな愛の結末を知る観客は、目頭を熱くしながら聴き入ります。タイトル・ロールを演じるのは、神戸出身の並河寿美さん。日本を代表するオペラ歌手として、全国で活躍中の並河さんにお話をうかがいました。
―歌の道に進まれたのは?
子どものころからピアノは習っていましたし、中学時代は吹奏楽部でした。中学校の先生に声楽を勧められ、県立西宮高等学校の音楽科へ進みました。音楽を続けたいと思っていましたが、ずっと声楽で生きて行く決意があったわけではありません。声楽に向いているかどうかは体が成長しないとわからないし、個人差があります。私の場合、少し歌えるようになったかな、と感じたのは大学卒業間際でした。
―声楽に向いた体というと、やはり大柄な方が?
声楽家は体全体が楽器ですからね。確かに体が大きい方が、響きが豊かになります。特にオペラは大きな空間で役になった自分を見せなくてはなりませんから、体格がよい方がより存在感があります。自分としては今の体の大きさがちょうどいいかな、と思っています。まあ、女性としての葛藤はあるんですが…。
―子どもの頃はバレエをなさっていたとか。
クラシック・バレエは声を出さず踊りだけで物語を伝えるのですから、すべての演技の基礎があると思います。声楽家は初めてオペラの舞台に立った時、少なからず「演技する」ことに戸惑うのですが私は比較的スムーズにやれました。バレエをやっていたおかげで自分の見せ方、アピールの仕方が身に付いていたのでしょうか。生徒が演技に悩んでいる時には、「バレエも見たら?」とアドバイスしています。
―地方都市でのオペラ公演は、どうあるのが理想でしょう。
大手音楽プロダクションが東京に集中することもあり、東京の劇場では人気の歌い手を揃えた華やかな公演が主流です。地方都市の劇場ではベテランに加えて、積極的に若手を主要な役に起用し、お客様に彼らの成長を楽しみに見ていただけたらと思います。そんな公演を企画してくれるプロダクションが増えるといいですね。実際、西日本には演者と観客がとてもよい関係を築いているホールもあり、それは歌い手にとって大きな魅力となっています。私もまた兵庫県立芸術文化センターに開館当初から関わらせていただき、劇場とお客様に育てていただいたと思っています。
―子どもへのクラシック音楽の普及について、ご意見を聞かせてください。
歌い手としては、子どもは正直ですぐ反応が返ってくるので、とても緊張します。だからこそ私は、子どもはより質の高いものに触れさせるべきだと考えています。子ども向きの企画ばかりではなく、「蝶々夫人」のような本格的なオペラ公演をホールで鑑賞する機会を作ってあげて欲しい。キャリアを積んだクオリティの高いソリストが、きちんと衣装を着けて大きな舞台装置の前で歌うのを見れば、アウトリーチで一曲ずつ聴くのとは違う何かを、子どもたちは感じてくれるはずです。
―ご自身にとって、神戸はどんなまちでしょう?
生まれ育ったまち、今の私を形成してくれたまちです。神戸は地方都市ですが、都会としての意識が高く地元出身だからとひいきしない、よい意味で厳しく見守ってくれるまちだと感じます。その中に居るいろいろな方とお仕事できるのはとても嬉しい。このまちに演奏家たちの活動の場や機会が増えて、ひとりでも多くの人が神戸をステージに活躍してくれるといいですね。ですから「オペラde神戸」の継続を心から願っています。 (2016年12月25日取材)
燦然とプリマドンナのオーラを放つ並河さん。ぜひまたオペラを拝見したいものです。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。