3月号
御食国の海で育てた〝幻の魚〟淡路島サクラマス
今や淡路島の食ブランドとして欠かせない「淡路島3年とらふぐ」。その開発に携わってきた福良漁協組合長・前田若男さんは、新たなブランドとして「サクラマス」の養殖を行っている。
養殖のパイオニアが挑む
生命が息吹く春は、この国が息吹いた淡路島が最も色彩を豊かにする季節だ。淡路で桜といえば、諭鶴羽山をはじめとする桜の花に、豊饒の海の桜鯛が有名だが、いま南あわじで新たな「桜」がほころんでいる。
その「桜」とはサクラマス。もともと主に日本海側の海に生息するサケ科の一種。ヤマメが海に下ったもので、釣り人たちは年に一尾でも釣れればラッキーという〝幻の魚〟だ。それもそのはず、個体数が減少し準絶滅危惧種に指定されている。ちなみに、アマゴが海で育つとサツキマスになるそうだ。
矢印が突き刺さるように海が入り込む福良湾の突き当たりで、若男水産は一昨年から淡路で初めてサクラマスの養殖に取り組んでいる。社長の前田若男さんは、今ではすっかり淡路島の特産品となった「淡路島3年とらふぐ」の仕掛け人だ。養殖サクラマスが市場に多く出回っていないことからもわかるように、この魚の養殖は全国でも前例がそう多くない。ゆえに、難しいとされるトラフグの養殖技術を確立した彼をもってしても、日々試行錯誤だという。それでも「挑戦するのが楽しいのですよ」と前田さんは、工夫と手間を惜しみなく注いで立ち向かっている。
餌やりひとつも慎重に
養殖は冬から春にかけておこなわれる。静岡、熱海の業者から稚魚を購入し生け簀で育てるが、稚魚は淡水で育っているので、海水へ適応させなければいけない。しかも急激な温度変化に弱い。そこで、生け簀の上にシートを敷いて海水を遮断し、その上にトラックで運んできた稚魚を水ごと放流。数時間かけてシートに少しずつ海水を流し込み開放し、水温の変化をおだやかにしながら海水にじっくり慣れさせていく。
餌はサケ・マス専用のペレットを与える。実はサケ科は白身魚だということをご存じだろうか?エビやカニに含まれるアスタキサンチンという色素を摂ることで身が赤くなるのだ。餌のペレットにはこの成分が含まれ、臭み消しにハーブも配合されているとか。しかし、前田さんはここに淡路らしさを追求、ポリフェノールを多く含むたまねぎの皮を練り込んだ餌を開発し、今後与えていくという。また、イカナゴの食いつきが良いが「そればかり与えると身が白くなるので、そこは考えなければいけませんね」とアイデアを練っている。
餌の与え方も慎重だ。実は養殖をはじめた昨シーズン、半分が死んでしまったという。機械で餌を撒いたことにその原因を見出し、今では人の手でしっかりと餌付けしている。また、約2か月育てたら一尾ずつ手作業で選別し、大きな魚と小さな魚を別々の生け簀に分けて共食いを防いでいる。寒い時期なのに手間がかかる作業を厭わない。
2月中頃になると生け簀を沖に移動、播磨灘と紀淡海峡の流れが喧嘩して生まれる鳴門海峡の日本一速い潮にもまれ、サクラマスはしっかりとした身に育つ。福良湾は水温が低いため鯛が冬を越せないそうだが、低温を好むサクラマスには絶好の住処なのだ。
そして桜の便りがニュースを賑わす3月になると、出荷の時期を迎える。サクラマスは成長が早く、稚魚の頃は300グラム前後だったが、出荷時期には1キロ程度と立派に成長、シーズン終盤にはなんと1.5キロ前後にまで大きくなるそうだ。水温が18℃を越えると死んでしまうため、生での出荷は5月まで。ゆえに新鮮なものが食べたければ春しかない。シーズン的にはトラフグとハモの間で、淡路の旬魚の〝セットアッパー〟としても注目だ。
脂がのってとにかく旨い
身は鮮烈な紅桜色。マスの中で最も美味といわれているだけあって旨味に満ち、煮ても焼いても揚げてもよし。でもやはり刺身が第一席という。サーモンの刺身は身がやわらかいイメージだが、「淡路島サクラマス」は身が締まっていて、コリコリとした食感が心地良い。しかし、非常によくのった脂の融点が低いため、とろけるように舌に馴染んでいく。言葉で表現すると相矛盾するが、口にすればその不思議な感覚に膝を打つだろう。しかも「出荷時期によって微妙に脂の風味が違うんです」と前田さん。3月頃はあっさりめ、5月頃は濃厚になるという。シーズン中でも食べ比べできるというのもまた魅力だ。
スタートしたばかりの今は生産量が少ないばかりか、島外への出荷はわずかで、今のところ「淡路島サクラマス」をいただけるのは主に淡路島の飲食店や宿泊施設などに限られており、〝淡路でしか食べられない〟と言ってもいい。しかも鋭意メニューを開発中とのこと。3月1日より南あわじ市内20店舗で、サクラマス丼とサクラマス鍋がリリースされ、気軽に味わうことができそうだ。
サケ・マス類の中でも稀少なサクラマスは市場価値も取引価格も高いため、産業の面からも期待がかかる。若男水産に続く業者が現れれば出荷量が増え、「淡路島3年とらふぐ」と同様にブランドが定着し、水産業の活性化のみならず観光業などへも大きな波及効果が期待できそうだ。
海の男の格闘が、やがて満開になって淡路の春を彩るだろう。
若男水産 0799・52・3561
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