2023年
4月号

映画をかんがえる | vol.25 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

映画館に暗闇が訪れ、映し出される別世界。どんな世界なら、観る者を問答無用にそこに引きずり込めるんだろうと、夜な夜な60年代から70年代の映画まで片っ端からビデオで見直したり…。ボクの80年代は、自分の映画稼業が忙しくなるのと相まって、映画作りの勉強に明け暮れる日々だった。
とりわけ、60年代の映画は何度観ても為になった。そこ彼処にあったビデオレンタル店で借りては観まくったものだ。エーゲ海の島にあるナチスドイツの巨大砲台を連合軍が攻略する戦争活劇『ナバロンの要塞』(61年)や、名優カーク・ダグラスやトニー・カーチス扮するローマ帝国の奴隷たちが自由を求めて大叛乱軍となって闘うS・キューブリック監督の大作『スパルタカス』(60年)、大スターのバート・ランカスター演じる鉄道員たちがジェ・ド・ポーム美術館の名画を略奪したドイツ軍に立ち向かう『大列車作戦』(64年)など、圧倒的なスケール感で迫る作品は何度も何度も巻き戻しては見直して、脳裏に焼き付けた。苦心して撮られた印象的なショットは画面の隅々まで焼き付けた。発想の引き出しになればと思ったからだ。
「007じゃないが、いい映画は二度見たくなるものだ」と仲間がよく言ったが、トルーマン・カポーティ原作の『冷血』やリチャード・バートン主演の『荒鷲の要塞』(68年)、邦画なら『飢餓海峡』(65年)もボクにとっては十回観ようが初めて見たように感じるのが、映画だった。あの荒唐無稽な『007/ゴールドフィンガー』(65年)も気の抜けないサスペンスは見事だし、シンプルで平凡な画面も不思議に見飽きることはない。そんな持久力のある映像はどのようにして撮られたのか。それが駆け出し者の研究課題だった。
80年代は映画のお手本みたいな作品は少なくなっていたが、元脇役俳優のレーガン大統領が号令した新自由主義経済の下、ハリウッド映画やコカ・コーラのアメリカンカルチャーとやらが世界を席巻した時代だ。残念ながら、日本映画に見映えのするものは少なかった。ボクら若手が撮らされた角川映画も所詮、原作の文庫本やアイドル女優の主題歌レコードを売る戦略の一品目に過ぎなかったし、娯楽の王道を行くアメリカ映画とは比べようもなかったのは確かだ。人々は欲望の向くまま、カネで買えないものはないとばかりに、消費に突っ走る時代だった。
85年の5月から、ボクはその角川映画で『二代目はクリスチャン』(85年)の準備に入るのだけど、何でも勉強だと思って観たのが『ビバリーヒルズ・コップ 』(85年)だ。エディ・マーフィは人気者で劇場は満員。でも、ボクは彼の早口の台詞回しと劇画チックな演技に乗れず、ビバリーヒルズに旅行にきたみたいに眺めてるだけだった。ボクにこんな能天気な刑事モノは作れないが、音楽を巧く入れて緩急自在に話を運ぶ一歳年上の監督の業には脱帽した。後にデ・ニーロと組んで撮る賞金稼ぎの話、『ミッドナイト・ラン』(88年)で職人の本領を発揮するマーティン・ブレストだが、実はもう長い間、作品を発表していないのも気になる。ここらで一発、返り咲いてほしいところだが。
自作のクランクインはまだ先だし、『眠れぬ夜のために』(85年)というタイトル通りの不眠症の男が謎めいた美女と逃げ回る話も観た。美女のミシェル・ファイファーは妖艶だった。気楽に撮って遊んでるような感じがして、お前も肩の力を抜いて作ればいいんだと勇気づけてくれた。梅雨時に入り、京都の撮影所で準備が始まり、気分が煮詰まったので観たのが『ターミネーター』(85年)だ。核戦争後の未来から、シュワルツネッガー扮する殺人ロボットが素っ裸で現れたので爆笑したが。この大袈裟なアクション活劇は仕事の足しにはならずだった。黒澤明の『乱』(85年)も観た。正直、話が退屈でつらかった。ボクの知る黒澤ものは少ないが、見応えがあるのは『隠し砦の三悪人』(58年)か。ビデオで観ただけだけど。映画は劇場の銀幕サイズでないと何も見えんぞと巨匠に叱られそうだ。いつか東京の国立映画アーカイブあたりで再上映してほしいものだ。

PROFILE
井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm映画『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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