10月号
ノースウッズに魅せられて Vol.03
予期せぬ訪問者
9月も終わろうとしていた、秋の昼下がり。
カナダ・マニトバ州のとある国立公園に近い友人宅に間借りして、夕方からの撮影の準備をしていると、裏庭に続くドアの方から、かすかな物音が聞こえた。
トトン、コツ…。
「おや、誰か来たかな?」と思ったぼくは、上半分に窓がついたドアへ近づき、そこから外を見てびっくり。
なんと目の前にあったのは、大きな毛むくじゃらの背中…やって来たのは一頭のアメリカクロクマだったのだ。
ぼくは慌てて鍵を締めると、幸いクマは部屋に入ってこようとしているのではなく、ドアの近くにおかれたクーラーボックスの匂いを嗅いでいた。
当然食料を外に置きっぱなしにはしていないが、どうやら残った匂いにつられてドアまで近づいて来たらしい。
いまは冬眠前で食欲旺盛な時なのだろう。クマは再び歩き出すと、裏庭の先にある野生のチェリーの茂みに気がついて、枝を折りながらムシャムシャと食べ始めた。
ぼくはクマがチェリーを食べるのに夢中になっているのを確認して、望遠レンズをつけたカメラを手にドアをそっと開け、壁伝いに身を隠しながらシャッターを切った…。
野生動物の写真を撮っていると言うと、「じっと待つのでしょう?忍耐ですよね」とか、「どうやって気配を消すのですか?」なんて質問をされることが良くある。
だが、この写真のように、「向こうからドアをノックしてやってきた」なんてことがあるので、少し気恥ずかしい。二度あることかどうかはわからないけれど。
2020年5月に新たに公開しました
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、野生動物や人と自然との関わりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞、2018年日経ナショナルジオグラフィック写真賞最優秀賞受賞。