9月号
連載 浮世絵ミステリー・パロディ ㉝ 吾輩ハ写楽デアル
中右 瑛
写楽捜索願
本名不詳、住所不定の吾輩について、「捜索願」なるものが大々的に報じられた。
東京朝日新聞が「写楽捜索願」(大正一四年一月)なる記事を公開したのがそれだ。
東京朝日新聞社が、学者や文芸家諸氏に「今、貴男が探しているもの」と題した原稿を募ったところ、版画絵師・山村耕花(こうか)さんが「私は写楽を探しています」という一文を寄せた。耕花さんとは、新版画の絵師として迫力のある役者絵を描き、“大正の写楽”と言われたほどに高く評価された人である。耕花さんは吾輩の役者絵に強く惹かれ、素性の知れないことを特に意識していたのである。
この記事は誠にユニークで、かつ名文なので全文を紹介させていただく。
「私は『寫楽』を探して居ります。
『寫楽』とは寛政五年(西暦一七九三年)頃、日本に現れた世界的大画家東洲斎寫楽の事です。寫楽は行方が不明ばかりでなく、来た方も不明なのです。寫楽の生れた時代の人は大変寫楽に冷淡でした。まるで継(まま)つ子扱ひで迷子になった寫楽をうつちやらかして置いて、別に探さうともしなかったのです。所が、芸術鑑賞眼の高い欧米人は、日本に来るとすぐ、この偉大すぎて顧みられてゐない不遇な芸術家を認め、すぐ探索にかゝったのですが、時既に過ぎてゐたので、彼の遺した芸術品は、少しはあったが、彼の来し方行く末は殆ど判らなかったのであります。それでもクルト博士や、フエノロサ氏や、ストレンジ氏や、ファイッケ氏が、相当信用の出来る考察や考証や研究の報告をして居ります。けれども、要するに我が寫楽が、以前阿波の御大名蜂須賀(はちすか)家の能役者であったことと、彼の制作全盛期が一八世紀末十年の前半期(寛政三年から同七年まで)であったことだけしか、今では判っていません。全く行方不明の迷子です。スヒンクスです。私は思います。もっと日本の歴史家や、考証家が真剣になって探したら、何しろ自分の国の内のことですから、もっとはっきりした『寫楽』の正體が見つかりそうな気がします。殊に蜂須賀家の古い文書でも漁ったら、何か『寫楽』の手がゝりになるものが発見されやしないかと、私は頻(しき)りに考えて居ります。足跡でも、指紋でも、ほんの参考になるものさえ見出せればそれからの科学的捜査は、専門家の手で案外楽に遂行出来ると思います。尚その他に、寫楽のもついろいろの制作品が何処かにありそうな気がしてなりません。そうして、そんなことから、歌舞伎堂艶鏡が果して何者かというようなことが、偶然に、明確に解決されないものでもないと思っています。私はこゝに改めて、『寫楽』の捜索願を提出します。誰かエヂボスとなって、このスヒンクスの謎を解いて下さる方があれば、それはひとり私の悦びばかりでなく、日本錦絵界の喜びであろうと思います。『寫楽』よ、一時も早くめっかってくれ!」
この「写楽捜索願」は大反響を巻き起こした。それ以来、日本国中に吾輩のことが話題になり、一部の見識者や学者たちの、吾輩の素性探しが始まったのだ。
その年の六月に、阿波出身の鳥居博士の「ついに写楽の墓所発見!」という大ニュースが全国に流れるのである。
竹久夢二 欧米放浪素描画展
日 時 9月1日(木)〜13日(火)
10:00〜18:00(最終日は16:00まで)
場 所 アートホール神戸
入場無料
◆ギャラリーコンサート&講演会
9月10日(土)14:00開演(13:30開場)
トーク・中右瑛、歌・千寿慧(元宝塚歌劇団)、ピアノ・一ノ瀬夏美
700円(ワンドリンク付)
ご予約 電話078-331-9955
中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。
1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。