10月号
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ 「継続は力なり」です
落語家 四代目 桂 梅團治 さん
演芸大好き少年時代、
落語は
─どんな少年でしたか。
梅團治 大学で福岡へ行くまで、ずっと倉敷で育ちましてね。当時の小学校は、半ドン(土曜日の授業は昼まで)。帰って昼ごはんを食べながらテレビで吉本新喜劇や松竹新喜劇、道頓堀アワーを見るのが楽しみで。順番は忘れましたけど、続けて放送してたんです。
松竹は藤山寛美さん、吉本は岡八郎さんや花紀京さん、道頓堀アワーはかしまし娘さんとか。敏江玲児さんが若手で跳び蹴りしていた時代です。
落語はねぇ。うちの師匠の三代目桂春団治が映ったら、チャンネル変えてたかな。『高尾』とか子どもにはわからんし。でも『代書屋』を見た時は「結構おもろいな。このおじさん」と思ったのを覚えています。
─人を笑わせることも好きでしたか。
梅團治 いやいやテレビで見るだけ。中学・高校は、鉄道写真一本槍。蒸気機関車(SL)が好きでね。夏休みにお中元配達のアルバイトとかして貯めたお金で、九州周遊券を買って中学生やのに駅で寝ながら一人旅。高校1年の春休みは、北海道まで行ってました。
─落語の世界へはいつ。
梅團治 大学入った時も演芸は好きだったんですが、演芸クラブなんてないでしょ。でも「落語にはクラブがある!」って落語研究会に入ったんですよ。
撮り鉄は写真展開催までに
─大学時代は鉄道写真と落研ですか。
梅團治 大学へ進む頃、日本全国のSLが廃止されていって、撮り鉄は1回やめたんです。静岡の大井川鐵道が保存運転を始めたんですけど、大学が九州の福岡でそんなとこまで行けないし。
─いつからまた撮り鉄に。
梅團治 阪神・淡路大震災の時、新聞に「鷹取工場で点検中のSLやまぐち号の車両が倒れて、今年はC56形160号機が代走します」というのが載っていたんですよ。
結婚して子ども(今の桂小梅)が生まれてちょっとした頃で、久しぶりに家族旅行でSL見て錦帯橋とか行こうかって。レンタル屋でカメラ借りて行ったんです。そしたら、目の前で「ポー、シュッシュッシュッシュッ」や。撮り鉄に戻っちゃった。「やっぱオモロイなぁ」って。そしたらニュースで、北海道を走ってたC62が運行をやめると知って、カメラ買って家族3人が月イチで北海道です。バブルの頃にコツコツ貯めてたお金が、3カ月で無くなりました。
今では毎年1月中旬に、神戸の「フォトカフェ」で僕の鉄道写真展をやってます。2020年で第10回になります。
師匠 春団治の厳しい修行
─修行の期間って、どれくらいですか。
梅團治 「うちは修行は3年だから」って言われて入ったんですけど、1年半くらいで「すまんけど、あと半年で出てってくれ。君がいてるとうちの家の物が壊れる」って。確かに夫婦茶碗とか湯飲みとか、ようけ割りました。でもね「パリン!」じゃないですよ。箸で茶碗の縁とかをパーンと叩くと「ちょりちょり〜ん」と響く。それが「チンッ」ゆうと「君がヒビを入れたから響かなくなった」。茶渋で割れ目が浮き出ると「君がヒビ入れてるねん」。そういう繊細な“割れる”やから。片付ける時に「カチャ」と音しただけで、ビクッとして師匠の方を見てましたもん。
─怖い師匠だったんですね。
梅團治 うちの師匠は世間とレベルが違う。2年なり3年の修行に絶えられず、40人入ったら30人ぐらい辞めていきます。「あんだけ頼んで弟子にしてもらいながら、1週間でやめちゃった。まだ怖くないのに」とか思ってました。
知らないことでは怒りませんからね。「これはね。こうするんだ」って、初めてのことはきちんと教えてくれます。2回目は「これは・・・・・・おい。前にも一回教えたはずだ」って、ちょっとイライラッとして。3回目になると「辞めてしまいなさい。ヤメロオォ!」とか。1カ月くらいしたらもう恐怖です。
いろんな人間が入ってきますからね。それくらい厳しくしてふるいにかけてたんですね。今はダメですけど。
でも、修行が終わった弟子には優しいんですよ。全然違います。帰りに「ちょっと呑んでいこか」なんて誘ってくれる。修行中なら鞄渡して「先に帰っとけ」ですから。
─デビューした頃の話を聞かせて下さい。
梅團治 落語するところがなかったんです。寄席も漫才とか演芸の中に落語家が1人とか2人でしたし。
大阪の新世界にあった「新花月」のお客さんなんか、落語嫌いでヤジだらけ。「はよ終われ」とか毎日。昼間から酔った人ばっかりで、豆とかと缶ビールを舞台にドンとおいて「おぃ、お前、これ呑め!」って。そんなん、呑まれへんし。
うちの師匠にも「新花月に出る時はね。絶対にお客様の相手になったらダメだよ。まくらもいらないから。『私のところは一席、聞いていただきます』で、すぐ入ったらいいんだよ。ちょっとでも隙を与えたら、なんぼでも入って来るから」って言われてました。演者もお客さんも“自由”な時代でしたね。
新開地は、
まだまだ変われる
─各地で長く落語会を開かれていますよね。
梅團治 一番古いのが「須磨寺落語会」で年に5,6回を40年近くやらしてもらっています。管長さんが大学の落研の先輩で「使うたらええ」と言ってくれたのが始まり。会場代はタダ、打ち上げ代も出してくれてね。はじめの頃はお客さん入りませんでしたが、今は毎回250人くらい来てくれます。ありがたいですね。
京都・山科の「龍野落し語の会」は25周年を迎え、西明石の酒屋HANAZONOさんで毎月開催している落語会は、来春に30周年を迎えます。
会を始めるにあたっていろんなことを話し合い、関係を築いてきました。継続は力なりです。
─新しい企画もされていますね。
梅團治 意識し合っている若手を集めて競わせてみたりね。僕が前座で。喜楽館の番組編成もですが、「このメンバーや番組やったらチケット買ってもいいかな」ってお客さんが思うもの、自分でも見たいものを考えています。
─喜楽館へももっと多くの人に来て欲しいですね。
梅團治 新開地はまだ昭和の匂いが残っていて、来慣れたら親しみのわく街。落語や寄席に合ってます。喜楽館の寄席は昼席ですし、駅からも近い。行きつけの店つくって、笑って食べて帰ろうってなってくれたらね。
昔、師匠の春団治が「懐かしいからココ歩くぞ」って、喜楽館前のアーケードとか案内してくれたんです。もう神戸松竹座は無かった時なので「ここに松竹座があってなぁ」とか「ここから昼出前とって食べたんや」なんて。
今も喜楽館に通う時は、何人か連れて飲みに行ってます。安い値段でおなかいっぱい。師匠に連れて行ってもらった蕎麦屋にも喜楽館での公演中必ず1回は行ってます。いい街ですよ。
神戸新開地・喜楽館
TEL.078-335-7088
新開地駅下車徒歩約2分
(新開地商店街本通りアーケード)