2014年
1月号
退院後の宮崎翁

触媒のうた 35

カテゴリ:文化・芸術・音楽

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

 島尾敏雄について宮崎翁はこれまで多くは語って下さらなかった。が、最近、文芸雑誌「新潮」に連載された島尾の「戦後日記」の中に、宮崎翁のお名前が出ているのを知って改めてお訊きしてみた。ところがやはり翁は「貧にまみれていた時代のことで…」と思い出すのもお辛そうだった。そこをわたしはこじ開けるようにお尋ねする。

 「大阪の国際新聞にいたころのことですがね。前にも話しましたが、給料の遅・欠配が常習化していて生活に困っていました。そこで家内の蔵書を売って筆耕の道具を買いました。忘れもしない四〇〇円でした。そりゃあいい物でした。それで謄写版印刷の下請けの仕事をもらって命をつないだんです」
宮崎翁、まだ関西での人脈を形成出来ていないころの話である。そう言えば翁の筆跡は筆耕に適した四角い直線的な文字だ。
詳しい話は省くが、その縁で知り合われた前川晃一という歴史学者が主宰する世界史の教科書の編集制作販売に協力したと。宮崎翁は戦時中「中等学校教科書株式会社」で編集の仕事をなさっており、その経験を見込まれてのこと。
「神戸外大で世界史の講義をしておられた島尾敏雄さんに頼んで仲介して頂き、テキストに採用してもらったことがありました」
それが島尾敏雄さんと親しくなった最初だったと。
島尾敏雄(1917年~1986年)―作家。戦時中特攻隊隊長として奄美、加計呂麻島に赴任していたが、出撃命令を受けながら、発進待機のまま終戦を迎え、復員船の船底に新妻を隠して帰国。代表作『死の棘』で文部大臣芸術選奨受賞。のち小栗康平によって映画化され、第43回カンヌ国際映画祭にて審査員グランプリを受賞。『死の棘』は読む者の心を抉るような辛い私小説だ。

 「島尾さんとは一度阪神ペンクラブの会員と連れだって、宝塚に疎開されたままの食満南北(けま・なんぼく)(歌舞伎作者)の家を訪ねたりしたことがありました。そんなことで仲良くなり、大阪などへもよく一緒に出歩きました。彼は当時流行したストリップのファンで、その誘いを断り切れず、ピーナッツを噛みながら幾度か観賞のお供をしたもんです」
さて「新潮」の「戦後日記」だが、2010年7月号に興味深い記述がある。
昭和二十五年三月三十日の項。―宮崎修二朗が先日、留守中に来てミホから2000円借りて行つた。今日ハガキをよこし、その事にはふれずVikingのガリ切りをやりたい。生活の保証云々といふようなことを言つてよこす。―
驚きますね。たしかに宮崎翁、生活に困っておられたのだろうが、島尾の奥様に借金を申し込まれたとは!さらにこの日記には久坂葉子に関する記述も。
―九月五日(火)「お午前後国際新聞の宮崎君が来て、しばらく居て帰った。久坂葉子の事とか秋の味覚とかいうことをきいて行く。」―
島尾は久坂葉子を同人誌「Viking」に紹介した人としても知られているが、久坂葉子と宮崎翁のことは本誌二〇一二年二、三月号に詳しく書いた。
この日の島尾の日記には続けて、「午後ミホと大丸に行く」とある。ミホとは島尾の奥様(1919年~2007年)。彼女も『海辺の生と死』で田村俊子賞を受けている作家だった人だが、島尾が一七年間かけて書いた代表作、『死の棘』に登場する「妻」のモデルにもなっている。
「ぼく、ミホさんから彼女が染めたハンカチをもらったことがあります。ミホさんは加計呂麻島の島長の娘さんでね、そこで流木を煮詰めて作った染料で染めた素晴らしい朱色の民芸品でした」
ということで、宮崎翁は島尾家とはかなりのおつき合い。島尾の長男、島尾伸三氏は今写真家になっておられるが、そのころはまだ赤ん坊だったと。
宮崎翁の借金の件だが、その後、四月四日の日記には「阪急でひょっこり馬部(神戸新聞記者)に逢ひ、ミホから二〇〇〇円借りたことを言ふ。ミホが宮崎修二朗と思ひ込んでゐたのは間違ひであつた。」とある。
そうでしょうねえ。宮崎翁が取材先に借金を申し込まれるわけがない。でも島尾がそれを信じたというほどのおつき合いだったのだ。なのでわたし、もっとなにかエピソードがなかったかと翁に食い下がった。ところが、
「辛い悲しい思い出ばかりなんです。バイキングのガリは終始富士正晴の手になり、彼の“唯一の収入源”だったことを知らず、島尾さんに『私にやらせてくれると助かります』と懇願したこと――何とも貧とは人を無知な貪におとし入れるものですね。恥ずかしいことを今、全身を赤く染める思いで減入ってしまいます。でも、もう一つだけ白状しましょう。島尾さんが上京する時ですが、たまたま二科の山本敬輔画伯とお二人を招いて貧しい、今思えばやはり顔の赤くなるような壮行会を開いてお別れしたのが最後でした」
だれもが貧しい時代だったのだろうが、とりわけ翁には辛いことを思い出させてしまった。


退院後の宮崎翁

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

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