2014年
1月号

みんなの医療社会学 第三十七回

カテゴリ:医療関係

医療イノベーションの裏側で
あなたのゲノム(遺伝子情報)が狙われている!

遺伝の鍵を握るエピゲノム

 昨今、報道などで「医療イノベーション」という言葉を耳にする機会が増えています。医療イノベーションとはつまり、医療の営利産業化にほかなりません。医療の営利産業化は、2001年に小泉内閣がアメリカからの外圧に屈して医療市場の開放を約束したことからはじまり、民主党に政権が交代してもこの流れは受け継がれ、再び安倍自民党内閣へ政権が交代して更に強化され、アベノミクスの目玉政策にもなっています。
 現代においては医療を産業化するためにまず必要なものは、遺伝子情報を伴う医療情報の収集・蓄積です。再生医療や遺伝子治療、更には先制医療(遺伝子等を介した予防処置による発病阻止)や個別化医療(一人一人の個性に合わせたオーダーメイド医療)が強く希求される様になった背景を踏まえ、個別化された遺伝子情報を含む医療情報が必要不可欠となり、新薬や新しい医療技術の開発の為に世界中が競って大量にこれらの医療情報を獲得しようとしております。
 みなさんは、例えば遺伝子にがんになる情報がある場合は、必ずがんになると思われているかもしれません。確かにDNAには基本的な遺伝情報が組み込まれていますが、必ずその情報通りに発現するとは限りません。一つの卵細胞から始まって一人の人間が形成されるのですが、その総ての細胞内には全く同じ遺伝子情報がDNAにより組み込まれています。しかしながら心臓や肝臓や脳等、それぞれの細胞では全遺伝子の20%程しか使われておらず、残りは眠っている状態であり、どの遺伝子を利用するかによってそれぞれの細胞の個性に分化できるわけです。一卵性双生児の双子は同じ遺伝子を持っていますが、全く性質が違ったり、片方は遺伝性の強い一部のがんや統合失調症、多発性硬化症等難病になっても片方はならなかったりという事実が、アメリカにおける1万7千組以上の双子の詳細な調査で判明致しております。
 なぜそうなるかというと、周辺の環境因子が遺伝子に影響を及ぼす(修飾する)からです。遺伝子が環境因子により修飾されることをエピゲノムといいます。人間のDNAのらせん構造をほどくとその長さは約2mにもなりますが、その100万分の1程の細胞核一つひとつに入っています。そんな長いものがどうやって小さな細胞の中に収まるのかというと、ヒストンを代表する種々のタンパク質にDNAが糸巻き状態で結びついてクロマチンという複合体になり、織り込まれて束ねられているからです。
 そのクロマチンの構造が、遺伝子の発現をコントロールしていることがわかってきました。太田邦史東大教授の言葉を借りればDNAはヒストンというタンパク質の服を着ていて、それが薄着のところは遺伝情報の発現がオンになり、厚着のところはオフになっています。このように色々な服を着るDNAを持つことにより、非常に複雑な「いのち」の働きを行うことができるようになりました。
 つまり、人間はDNAとエピゲノムという二重の遺伝の仕組みを持って様々な環境にしなやかに適応しているのです。

医療情報悪用による国民の危機

 DNAによる遺伝の発現を修飾しコントロールしている環境因子を解明することで、新薬や新しい治療法を開発できますので、この解明が現在世界中の大きな研究課題になっています。確かにその研究は人類に大きく貢献するもので、とても大切なものです。
 しかし、その研究にあたっては、一人ひとりの遺伝情報が不可欠であることは言うまでもありません。そして前述のとおり、DNAからの遺伝情報の発現は環境因子に左右されますので、その人がどのように生きてきたか、どんな環境で暮らしてきたかなど、医療情報、生活環境など生涯にわたる個人の生きて来た環境情報も必要になってきます。
 わが国ではそのような個人の生涯にわたる様々な情報を取得することが可能です。胎児の時から13歳までは母子手帳があり、実際にこの年代の子供達の環境情報と遺伝情報を収集し、生活環境が子どもの健康にどのような影響を与えるのかを研究する調査が、エコチル調査と称しておこなわれています。それ以降は学校や職場などでの健康診断の結果があります。特定健診・特定保健指導をやりはじめた裏の目的には、個人の医療情報の取得があるのです。
 エコチル調査は10万人規模ですが、このような個人の環境情報や遺伝情報の収集・調査が千万人規模でおこなわれようとしています。そのように大規模な医療情報を集める為には、当然通常の手続きではなかなか目標数を達成できません。もし難病や精神疾患などの遺伝的な病気と言われている個人情報が漏れたとしたら…本人のみならず家族や親族が社会からの冷たい目に晒され差別を受ける危険性がありますので、「遺伝情報をください」と請われても、誰でも戸惑うのは当然で、快く情報提供に協力してくれる人はそう多くないでしょう。そうなれば当然、強制的に集めざるを得なくなります。
 神戸市は国家戦略特区を目指していますが、その中で「ライフコース・データに基づく健康医療情報プラットフォームの構築と新しいパブリックヘルスの実現」事業を計画しています。これは、神戸市民のみなさまを対象に、母親のお腹の中にいるときから乳幼児期、青年期を経て中高年期に至るまで、かかりつけ医も利用・連携して遺伝子情報、生体情報、環境情報を収集し、それを活用して新しい医療産業を創出しようとするものです。これを立案し、実施主体となるのは世界最大のコンサルティング企業A社ですが、この企業が神戸市民には検体の提供、つまり遺伝子情報の提供を、医療機関には医療情報の提供を条例により義務づけようと謀略を立てております。もちろん、市長さんや市会議員の方々がこのようなことに賛成されるはずはなく、条例が成立することはないと思いますが、このようなことが平気で討議されていること自体が不気味です。しかも「特区」という免罪符に乗じて、関連法規や憲法よりも市の定めた条例の方が優先するような「特例措置」まで加えるよう立案・進言しているのですから黙認するわけには参りません。
 医療情報や遺伝子情報は、個人情報の最たるものです。仮に充分説明の上、本人が同意し収集したとしても、それを研究などに利用するにあたっては、そのつど本人への説明と同意は必要不可欠です。しかし、そのような手続きには時間と手間がかかるため、スピードが問われる開発競争で他国に負けてしまうと、包括同意という手法を強要しようとしています。包括同意とは、一度の同意を得ればそれ以降、どのような研究に何度でも自由に個人の医療情報や遺伝子情報を利用することが許されてしまうというものです。
 東京の国立がんセンターでは、最初の診察を受ける前に「コンシェルジェ」と称する案内人の前に通され、個人の医療情報や遺伝子情報をさまざまな研究に何度も利用することに同意するかどうかを問われます。しかし、多くの癌患者さんにとって最後の砦になる病院ですので、断りにくいのが現実です。また、東北メディカル・メガバンク構想では、震災で医師不足が深刻な状況の中、医師の派遣と引き替えに包括同意による遺伝情報の収集がおこなわれようとしています。このように、人権侵害ともいえるような、人の弱みにつけ込んだ情報の集め方が横行するのは非常に問題で、被験者保護法の早急な成立が望まれます。

管理社会出現の可能性

 また、国家戦略として医療のIT化が推し進められていますが、その背景には医療情報を的確・迅速に収集しやすくするという目的があります。
 確かにIT化が進み、医療情報が共有できるようになれば、病診連携などの医療機関同士の連携に大きく貢献します。しかし、医療情報がインターネット上に載るようになると、どのようなセキュリティをかけても必ず漏洩するでしょう。個人情報保護に神経質なアメリカでさえ、元CIA職員のスノーデン氏の証言により、グーグルなどから国民の個人情報を集積してさまざまな用途に使用していたことが明らかになっています。もしそこに医療情報や遺伝子情報が載っていたら、誰がどんな病気や遺伝子の弱点を持っているかを完全に把握されることでしょう。もし我が国がさらなる右傾化で軍事政権のようなものになったとしたら、戦前のように特高警察が跋扈する管理社会になるでしょう。かつて我が国において、昭和15年国民体力管理法が制定され、国民に「健康と強靱な体力・精神力の持ち主であること」が義務付けられました。その結果病気がちな人や心身にハンディを持った方々は、「非国民」扱いされ社会の隅へ追いやられて行き、優生思想に基づいた「国家による民族純化」政策が取られていきました。そのような苦い経験がありながら、平成15年健康増進法が制定され、再び「健康であることが国民の義務である」と法律で条文化され、健康であることを義務化されてしまいました。この流れを受け平成20年より特定健診・特定保健指導が開始され、これを医療費抑制と医療情報の集積に役立たせようと躍起になっています。今回特定秘密保護法案を力ずくで成立させたことは、まさに国家が管理社会を目指している大きな表れです。
 国は管理社会の形成を目指し、企業は利益追求に走り、保険者は医療費削減のため管理医療をおこなおうとしています。この三者の思惑が、個人の医療情報や遺伝子情報の収集という点で一致しています。ですから、情報を引き出しやすい環境の整備に国は予算を出しています。
 いま、ITを利用した医療情報データベースのみならず、兵庫県内でも「h-Anshinむこねっと」や「北はりま絆ネット」などの地域医療連携システムや、地域包括ケアシステムの構築が進められています。表向きは医療・福祉の連携に大きく貢献するものですが、その裏には遺伝子情報を含む医療情報の漏洩の危険という悩ましい問題があることを忘れてはなりません。セキュリティに不安があるにも関わらず、現在も医療機関の診療情報を外部機関に集積し有事の際のバックアップに利用したり、インターネット経由での医療情報共有が推進されようとしております。
 また、大病院など医療機関の内部でも、医療情報のセキュリティは大きな問題になっています。医師以外にもさまざまなスタッフが医療情報にアクセスしますので、管理を厳正にしなければ情報漏洩の危険があります。
 確かにエピゲノムの研究は今後、いろいろな病気の予防・治療に大きく貢献することでしょう。ですから、研究を続けていくことは大切なことです。また、ITによる医療基盤の整備も、状況によっては医療の発展に寄与するものです。しかし、そのために必要な医療情報に関しては、充分な説明を行い適正な手続きで同意を得た上で収集し、厳重にセキュリティを担保して管理すること。この2つがきっちり整備できている環境でないと、軽々に遺伝子情報を含む医療情報を扱ってはいけないのです。現在のような中途半端な状況では甚だ危うく、医療や遺伝の個人情報の漏洩は必ずおこるでしょう。
 このような危険があるにもかかわらず、医療イノベーションは国家プロジェクトとして推進されています。その裏側には私たちの個人情報を狙ったさまざまな思惑があるだけでなく、医療の安全性や生命倫理をないがしろにする動きもあります。兵庫県医師会はこのような動向を何としても阻止し、県民のみなさまの生命と人権を守るために尽力してまいります。


川島 龍一 先生

兵庫県医師会会長

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