5月号
〝お米〟を通して日本の農業を守りたい
藤尾 益雄(ふじお みつお)
株式会社神明ホールディング 代表取締役社長
米の卸業界で全国トップシェア、海外輸出でもトップを誇る神明は、新たに㈱神明ホールディングとして、お米の生産から加工まで一貫した担い手を目指している。日本の農業の将来までを見据える藤尾社長にお聞きした。
ブレンド米のおいしさの秘訣
―私たちに馴染みのある「あかふじ米」ですが、ネーミングの由来は。
藤尾 むかし、武田信玄は赤富士を見て出陣していたそうです。縁起担ぎもありますが、天候を見ていたのでしょうね。天候が悪いと戦に難儀するのと同じように、「米屋もその年の天候を見ながら商売をしなくてはいけない」と祖父が名付けたということです。
―創業者は武田信玄の地元出身ですか。
藤尾 いいえ、兵庫県神埼郡出身ですが、武田信玄を引き合いに出し、祖父からは色々教えられました。例えば「人は石垣、人は城」。大きな石の間に小さな石が挟まっているからこそ城を支える強固な石垣ができます。会社の発展も人次第ということですね。すぐに仕事を覚えて開花する社員もいれば、こつこつと真面目に努力する社員もいます。工場で精米をする社員もいれば、お米を売りに行く社員もいます。皆、大切な人材です。
―あかふじ米の美味しさの秘密は。
藤尾 まずブレンド技術です。お米は農作物ですから、収穫する地域によって特徴があります。例えば新潟の「こしひかり」は秋に収穫した直後から冬にかけて、もちもちした食感でとても美味しいのですが、夏場に弱くて劣化します。逆に西日本のお米は、夏に向けて気温が上がってくる時季に劣化の速度が遅いという特長があります。ですから上手にブレンドすることで一定の味を保てるあかふじ米は、一年中美味しく召し上がっていただけます。
また、お米はその年によって出来具合が違います。台風による被害やフェーン現象による高温被害など、気候の影響を非常に大きく受けますから、その都度ブレンドして融通を効かせています。
―ブレンド専門の社員が担当するのですか。
藤尾 もちろんそうです。専門の社員が試食もしますし、当社の品質管理部でデータをとり、過去のものも全て保存しています。
日本のお米を世界へ!カギを握るは〝お寿司〟
―ホールディング体制となった新しい神明が目指す方向は。
藤尾 神明が米穀を扱ってきた歴史の中では、玄米を国や全農から買って精米したものをスーパーや小売店、外食産業に卸すというのが仕事でした。これからは、私たちが自ら産地に入っていき、生産者のところまで行きます。時には生産者と一緒にファーム事業を興し、自らの力で米を集荷し、自社工場で精米します。さらに炊飯などの加工をして、パックご飯、時にはお寿司まで加工して消費者の口元まで届けるという、メーカーとしての役割も担っていきたいと考えています。
―お寿司も作るのですか。
藤尾 昨年の12月にユネスコ無形文化遺産に登録され注目されている和食ですが、外国人にとっての「和食」イコール「寿司」。ですから寿司の力というのは、海外に行くと国内以上に実感できます。
私が最も衝撃を受けたのは4年前、インドネシアに行ったときです。東南アジアで大成功している人気の回転寿司屋に入ってみました。オーナーはシンガポール在住の日本人で、店のつくりは日本と全く同じ、メニューもほぼ同じです。ものすごく流行っていました。私は職業柄、シャリをばらしてよく見てみました。カリフォルニア米を使っていました。その他の食材でも日本産のものは味噌、お酢、醤油だけで、ほとんどの食材が外国産でした。残念でもあり、また、これはすごいマーケットだと思いました。
そこで、日本に帰りあれこれ調べたところ、日本の寿司マーケットは約1兆5千億円規模、中でも回転寿司マーケットが約5千億円、さらに増えつつあると分かりました。一時は食の欧米化で減ってきていたものの、挽回しつつあります。やはり日本人はお米に戻るのだと感じました。
―そこで「元気寿司」を傘下に収めることになったのですか。
藤尾 海外での寿司マーケットの可能性を調べに出かけ、香港に行ったときに驚いたのが、各主要駅のショッピングセンターに入っている「元気寿司」の盛況ぶりでした。夕方になると1時間待ちなどごく普通で、しかも他の寿司店も同じように行列状態です。
元気寿司は国内約140店舗、香港の65店舗をはじめ海外にも約110店舗以上を展開しています。アジアを中心とした海外で寿司を広めることができるのではないかと考え、以前から面識のあった元気寿司の筆頭株主であった株式会社グルメ杵屋の椋本充士社長にお話ししたところ、「神明さんが一緒にやっていただけたら、きっと米の消費拡大につながるでしょう」と言っていただきました。
―続いて、「かっぱ寿司」も傘下に入りましたね。
藤尾 回転寿司は0歳から100歳まで、幅広い世代の老若男女から愛されています。外食チェーンの中でも珍しい存在ではないでしょうか。この大きな可能性を秘めたマーケットの先駆けともいえるのが「かっぱ寿司」です。私が営業本部長だったころからの取引先でしたが、経営には苦戦していました。そこで、なんとか頑張ってもらいたいと昨年、傘下に入れることになりました。
〝家業〟の農業を〝職業〟として確立させる
―先行き不安と言われる日本の農業については、どうお考えですか。
藤尾 今までの政策はお米の需要が減るから生産を減らすというものです。その結果、全国では40万ヘクタールの耕作放棄地があり、農業従事者はピーク時の半分以下、しかもそのうち65歳以上が6割、75歳以上が3割を占め、平均年齢は70歳に近く、次の担い手もいません。余剰米が出て価格が暴落することを恐れているのでしょうが、この状態が続けば米までも輸入しなくてはならない国になってしまうのではないか?これからの日本の農業には非常に危機感を持っています。
―何か良い方策はありますか。
藤尾 私たちの経営理念は「お米を通じて日本の農業を守る」ということです。問題は日本の農業が家業であることです。私たちは職業として確立しなければならないと考えています。サラリーマンと同じようにきちんと給料が入ってくる職業になれば、若い人たちも農業に自分の将来をかけようという気持ちになれます。
社内の様子を見ていて感じるのですが、誰もが都会で営業マンとして働くのが向いているわけではなく、農業でしっかり体を使って働くと元気になれる人もいるはずです。例えば〝神明ファーム〟で一生懸命、米づくりをして給料をもらい、売るのは神明の営業に任せる。こんな理想を実現したいですね。
自信と誇りを持とう!日本の美味しい米づくり
―お米の消費が減っているのは心配ですね。
藤尾 1960年代には1人あたり年間約120㌔だった米の消費量は今では半分以下の約56㌔、それに伴って食料自給率(カロリーベース)も約70%から39%に落ち込んでいます。確かに激減していますが、だからといって生産を減らすのは間違っていると、私は考えています。日本は資源のない国であり、食糧までもほとんど輸入に頼る国になってしまいました。有事の際に資源も食糧も止められてしまったら、国民はたちまち飢え死にするしかありません。国自体が滅びてしまいます。
―TPPも心配ですね。
藤尾 安いお米が海外から入ってきたからといって、皆がそれに飛びつくでしょうか?私はそうは思っていません。東日本大震災で東北のお米が被害に遭った時にも、「九州からお米を仕入れて欲しい」と取引先から依頼を受けました。決して「外国産米」をではなかったのです。日本人はやはり、美味しいお米にこだわりを持っていますからね。海外でさえ、日本の美味しいお米は少々高くても売れています。日本の生産者はもっと米づくりに自信と誇りをもっていいと思います。
―とはいえ、農家は心配しています。できることはありますか。
藤尾 お米を売ることが私たちの仕事で、それによって利益が上がり、会社が発展していくわけですから、やるべきことは米の消費拡大です。
日本では現在、約30万トンのお米が余っていると言われます。ところが世界中で年間約4億5千万トンのお米が消費されています。世界レベルでは30万トンなど微々たるものです。国内で売れなければ美味しいお米を、自信を持って世界へ出せばいいのです。
―神明さんは米の輸出でもトップですが、どの地域へ出しているのですか。また本社が神戸にある理由は。
藤尾 もともと倉庫業からスタートしたからです。輸出先は、香港・シンガポール、オーストラリアをはじめアメリカ・ヨーロッパなどです。価格は日本の1.5倍から2倍程度ですが、現地の人たちが買っています。それはやはり日本のお米は美味しいからです。今後は元気寿司、かっぱ寿司の店舗を海外で増やしていき、お寿司のマーケットを広げることで日本のお米のマーケットの拡大を目指しています。さらに、懸案の中国への輸出が実現すれば、大きく伸びる可能性があると期待しているところです。
―頼もしい限りです!藤尾社長には追い風が吹いているようですね。
藤尾 こう見えても私、44歳の時に生きるか死ぬかの大病を患いました。命をとりとめられたのは、若いながらも非常に優秀な先生と出会うことができたからです。闘病中は、社員たちが千羽鶴を折って「頑張ってください」と届けてくれました。当時のローソン社長より直筆のメッセージをいただきました。「負けるな、頑張れ、また一緒に仕事をしよう」といった非常にシンプルな内容でしたが、うれしかったですね。イオンの社長からも直接励ましの言葉をいただきました。大きな力をいただきました。
運が味方してくれているなと感じることもありますが、最も大切なことは、いい人との出会いだと思います。これからも、人を大切にしながら会社の発展、お米の需要拡大、ひいては日本の農業の発展に貢献していきたいと考えています。
―今後も神明ホールディングの発展のみならず、日本の農業発展のためにも期待しております。本日はありがとうございました。
インタビュー 本誌・森岡一孝
藤尾 益雄(ふじお みつお)
株式会社神明ホールディング 代表取締役社長
1988年、㈱神明入社。2007年、㈱神明代表取締役社長就任(現任)。2013年、カッパ・クリエイトホールディングス㈱代表取締役会長兼社長。2014年、㈱神明アグリイノベーション代表取締役社長。