2月号
日本を代表するテーラーが継承する伝統の「神戸洋服」[神戸とモノづくり(5)]
これまで手がけてきたスーツは一万着以上。
日本を代表する服づくりの名人・稲沢治徳さん。
明治16(1883)年創業の柴田音吉洋服店の工場長(チーフカッター)として、約20年間勤め上げ今後は伝統ある「神戸洋服」を、若い人に引き継いでいきたいと語る。
お客様の大事な一着を作る
明治2年、日本で初めて神戸の居留地に、英国調スーツのテーラーを開業したイギリス人・カペル氏のもとで修行したのが、初代・柴田音吉です。初代は近代洋服普及の立役者で、明治天皇陛下のお召し服をはじめ、伊藤博文公など近代日本を創り上げたリーダーたちのお洋服を仕立ててきました。
私自身は、17歳のときに何か手に職をつけたいと、神戸にあるテーラーに弟子入りしました。入った当初は朝早くから夜遅くまでの作業で辛いことも多かったのですが、服作りの達成感を感じ始めてから、意欲が出てきました。お客様の一着を作る、ものづくりに対して大きな魅力を感じたのです。自分も型紙を作ってお客様のお身体に合わせた服を作れるようになりたいと、個人的に裁断学校に行って勉強もしました。その後、先生のご紹介で柴田音吉商店に入社しました。
テーラーの服作りは、まず生地を選んでいただき、お身体の寸法をとり、デザインを決めていただきパターン(型紙)を作ります。その後仮縫いをし、実際にお客様に着ていただいて身体に合わせた「補正」を行い、本縫いとなります。もっとも重要な行程は、お身体に合わせた「補正」の作業です。
我が社ではお客様とお話をし、お好みを取り入れながら採寸、デザインを行なう「ビスポーク・スタイル」を取り入れています。採寸の際、鏡の前に立っていただくとどうしても皆さん、緊張して胸を張っておられますから、世間話などをしながらお客様がリラックスされるのを待ちます。すると前かがみになったりふだんの姿勢が確認できますでしょう。その姿勢も考慮してサイズ調整を行ないます。また、わきの下の「アームホール」の大きさも大切で、この部分の微妙な大小で、腕の上げ下げが楽なものになり動きやすくなるのです。それらは仮縫い後の補正行程でもチェックします。高価な服地をお選びいただいたときなど、仮の服地で一着縫ってみてから、本番の生地で縫い直したこともあります。お客様の大事な一着ですから、妥協は絶対にしません。おかげさまで、完成後に多少の手直しはあっても、クレーム等をいただいたことは今まで一度もありません。せっかくのお洋服にはやはりきちんとしたインナーで合わせていただきたいので、そんなお話をお客様とさせていただくこともあります。それもハイカラでおしゃれな「神戸洋服」の伝統ですからね。
ものづくりは楽しい
今年75歳になりまして、「神戸洋服」を若い方に引き継いでいきたいという思いが強くなりました。15年間講師を務めさせていただいている神戸ものづくり職人大学では、私が持っているものは惜しげもなく伝えています。私も失敗したことはたくさんありましたし、愛情を持って厳しく教えたいと思っています。個人的には、毎週日曜日に、六甲山や関西の山々に登山に出かけています。登山も達成感の喜びですね。
ものづくりは楽しい。本当に楽しいです。お客様に「ええ仕事してるなあ」とおっしゃっていただいたとき、お客様に喜んでいただいたときの嬉しさ、達成感ははかりしれません。
㊎柴田音吉洋服店
神戸市中央区元町通4-2-22(2階)
TEL.078-341-1161
※ご来店は予約制です