3月号

連載エッセイ/喫茶店の書斎から 118 「なかきよの…」
「なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな」
なんのことかおわかりだろうか?
白鹿記念酒造博物館に出かけた。「堀内ゑびすコレクション展」のミュージアムトークに参加するために。直径一メートルもあろうかという大きな酒林が迎えてくれる。
テーマは「宝船」。
このコレクションは医学博士でもあった郷土史家の堀内泠氏が集めたもの。
氏は700点ほどもの宝船に関する資料を収集しておられたのだが、今回は絵画を中心に約170点が展示されていた。
解説を担当されたのは館長の弾正原佐和さん。驚いたことにわたしを覚えておられた。もう10年以上も前に取材でお会いしている。本誌2015年4月号に「桜博士」と題して、笹部新太郎氏のことを書いた時のこと。この博物館には笹部博士の貴重な資料が大量に保管されているのだ。
展示品を巡りながらの弾正原さんの解説。
「富士山や鷹がいいのはわかりますが、ナスビがなぜいい夢なのでしょう?」と「一富士二鷹三茄子」の初夢の話からの謎かけ。
「親の意見と茄子の花は千に一つの仇もない、ということで、子孫繁栄にも通じる」などと会場の空気を緩めてのスタート。
ある時代には「宝船」の絵の同好会や交換会が流行したことなど興味を引くような話をして下さる。
そんな中、今回の展示の中にわたしが驚くものがあった。それが冒頭の和歌「なかきよの…」である。上から読んでも下から読んでも同じになる回文。
この歌が書き添えられた宝船の絵があったのだ。
解説を聞く。
「初夢の夜、枕の下に置いて寝る。すると良い夢を見ることが出来る。もし悪い夢を見てしまった場合は、川に流すことで縁起直しをする」のだと。水に流すというわけだ。
これでハタと思い当ったのが、遠く宮城県角田市でパフォーマーとして活躍している「ぶんぶんさん」こと森文子さんだ。
彼女は毎年のように初夢の時に、この風習のことをSNSに上げている。今年も1月2日付でこんなことを。
《森家的 初夢は 今晩です 毎年恒例
よさげな 包装紙 引っ張り出して 正方形を
切り出して 墨すって 回文「なかきよのと
おのねふりのみなめさめなみのりふねのおとの
よきかな」書いて 乾いたら 宝船 折ろう 》。
包装紙に墨で回文を書きこみ、その紙で帆掛け船を折って、夜寝る時に枕の下に置き、翌日に近くの阿武隈川に流すのだと。橋からは蔵王の山も見えるという。そんなことを写真と共に上げておられる。
弾正原さんのお話しでは、この風習は昔のこととしてもう行われていないような印象だった。
トークが終わってからわたしは弾正原さんに、スマホで森さんのそのことを書いたSNSをお見せした。すると彼女、大いに驚いて、「これは続けてほしいですね」と。
この顛末を、わたし帰宅してから自分のSNSに上げたのだが、それを見た森さんからコメントが入った。
《わわわ 思いがけぬところに もりあやこ登場!
幼い頃からやっていたもので 当たり前のことだとずっと思っており
高校生くらいのときに友人たちが「そんなのやったことない」と言ったのを聞いて
えええ!?と びっくりしたことありました》
これを見るとこの風習は、宮城県角田市で一般的に行われているのではない様子だ。ますます「ぶんぶんさん」の存在が貴重である。弾正原館長のおっしゃる通り、森さんには「初夢・宝船」の風習を是非とも続けてもらいたい。いや、それだけではなく、周りにも広めて、残してもらいたいものだ。もしかしたら、読者の中にも「それ、やってる」という人があるかもしれないが。
因みにこの回文だが、漢字では次のように書くらしい。
長き夜の遠の睡りの皆目醒め波乗り船の音の良きかな

(実寸タテ16㎝ × ヨコ9㎝)
■六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・代表者。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
■今村欣史(いまむら・きんじ)
兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。












