2017年
3月号
明治の歌舞伎狂言「一の谷嫩(ふたば)軍記・須磨浦の段」 熊谷・市川団十郎/敦盛・尾上菊五郎

兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第三十七回

カテゴリ:絵画

中右 瑛

哀れ!若武者・敦盛と熊谷

 「一の谷合戦」の一番乗りは、熊谷次郎直実と言われている。義経攻撃の逆落とし直前に、熊谷は西の神戸市塩屋辺りから攻め入った。その時、平家の陣から一騎の若武者が沖合の船をめざして駆け出した。それを見た熊谷は、
 「敵にうしろを見せるとは卑怯ぞ!」
 と扇をあげて叫び戻したのだが、この若武者こそ平家の公達・敦盛公であった。組み討ちとなったが、敦盛公はわずか15歳。荒武者として評判高い熊谷には到底敵わない。観念した敦盛は、
 「早く首討て・・・・・・」
 と熊谷を促したのだが、ここで熊谷の手がいっとき止る。薄化粧をして歯を黒く染め、まだ幼さが残る敦盛公の美しくもいじらしい相貌。わが子・小次郎と同じ年ごろ。どうして討てようか。しかし周囲の緊迫下、自分が討たずとも他の者が討つ。熊谷は心の動揺をおして敦盛公を討ってしまった。熊谷は、このときほど武芸者のつらさを味わったことは、かつてなかった。
 敦盛公の首級を袖で包もうとしたとき、袖口から錦の袋に入れられた竹笛がポロリと落ちた。敦盛公は笛の名手、戦場にあっても笛を愛し、最後まで肌身離さず持っていたものである。竹笛は「小枝」と名付けられた名笛で、敦盛公の祖父・忠盛が鳥羽院から賜ったものを敦盛公が笛の名手であったので相伝されたものであった。
 「そういえば、今朝の明け方、敵陣中で笛の音が聞こえていたのは、この方が・・・・・・」
 武将の優雅な心情に、なお一層心を痛めた。
 「情けなく、お討ち申して・・・」
 と、熊谷は袖に顔を埋めて、さめざめと泣いた。

 ところが、敵方といえどもあまりに若い公達を討ち取ったことに、判官びいきは熊谷に、
 「武士の情けを知らぬ無粋者!」
 との非難を浴びせた。熊谷も自戒の念にいたたまれず、出家したといわれている。
 敦盛公は、清盛の弟・修理大夫経盛の三男。もちろん、一の谷合戦は初陣であった。兄の経正、経俊も、この戦で討ち果てた。若き三兄弟の死は、誠に痛ましい。

 これらの悲劇は、江戸時代になって芝居や浮世絵に取り上げられた。軍記としてではなく、二人の武士の内面と苦悩を、武士の心得・美学として描いたものは多い。
 戦争の狂気か? 分別ある男の判断を狂わしめ、極限に見せる心理の恐ろしさ、武門の掟の厳しさを、ひしひしと感じ取れる。
 江戸の民衆は、生涯苦しむ熊谷の男の真摯な姿に同情し、また一方、潔く散った若き敦盛公に涙を惜しまなかった。

明治の歌舞伎狂言「一の谷嫩(ふたば)軍記・須磨浦の段」 熊谷・市川団十郎/敦盛・尾上菊五郎

■中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。

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