9月号
ノースウッズに魅せられて Vol.02
ワイルドライス
ひとりはカヌーの上に立ち、長いポールで湖底の泥を押して、濃く茂った稲穂の間に船を進めてゆく。
向かい合わせに座ったもうひとりが、両手にライス・スティックと呼ばれる木の棒を握り、まず片方のスティックで水面から突き出た穂先の束をカヌーの中に引き寄せ、もう片方のスティックでその穂を数回叩く。
すると、パシッ、パシッという乾いた音に続いて、熟した籾(もみ)がバラバラバラッと勢いよくカヌーの底に落ちる。
左右交互に穂を引き寄せ、二本のスティックが宙を舞う様子は、まるで湖上の指揮者のようだ。
これが、ノースウッズの夏の終わりの風物詩、ワイルドライスの収穫風景である。
ワイルドライスと言うものの、じつは米とは異なり、北米の川や湖に自生するアメリカマコモの種子のことだ。
香ばしい味にプチプチとした独特の食感があり、そのまま食べるほか、炒めたり、スープの具にしたり(クリーム系スープによくあう)、パン種に混ぜることも多い。
ノースウッズで9000年も前から先住民たちに食されてきたワイルドライスだが、白鳥、ガン、カモなどの水鳥はもちろん、ジャコウネズミやビーバーのような水辺の動物たちにとっても、大切な食料源となってきた。
ライス・スティックで叩き落とした籾の一部はカヌーに収まらず、湖面にも降り注ぐ。それが水鳥や動物たちの口に入り、また、それを逃れたいくつかの籾が湖底で芽を出し、翌年、新たな穂を実らせる。
そう考えると、手作業による昔ながらの収穫は、同時に種まきの役目を担っているのかもしれない。
2020年5月に新たに公開しました
写真家 大竹 英洋
北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、野生動物や人と自然との関わりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞、2018年日経ナショナルジオグラフィック写真賞最優秀賞受賞。