10月号
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第22回
剪画・文
とみさわかよの
華道家
吉田 泰巳さん
今年で3回目となる、総合芸術祭・神戸ビエンナーレ。その総合プロデューサーを務める、華道家の吉田泰巳さん。ハーバーランドや元町高架下に、さまざまな企画を展開・推進する吉田さんですが、理想のいけばなについてお聞きすると、「自己主張ばかりの活け方では、見る方が疲れてしまう」と、謙虚な答えが返ってきました。豪快な語り口に周囲への目配りが垣間見える、今は数少ない親分肌のリーダーなのかもしれません。
―通常の器に盛るいけばなから、大空間を使った展示まで、前衛的ないけばなも展開されていますが、いけばなの道に入られたのは?
両親が華道家で、中学生の時分から免状は持ってたし、二十代の頃は教えることが主で、多い時は二千人から三千人くらい、弟子がいた。神戸ビエンナーレで入口空間やコンテナに花を活けたら、「現代美術みたいですね」と言われたけど、いけばなは周辺環境を考えて総合的に見る芸術で、昔から前衛的な要素を持っていたと言える。襖絵、床の間のお軸、香炉、庭の景色、しし脅し…トータルでその場を味わう、日本文化の最たるもの。だからいけばなは日本学、という自負がある。
―いけばなは、フラワーアレンジメント・フラワーデコレーションと呼ばれる、西洋の花飾りとは違うわけですね。東洋圏に、いけばなはあるのでしょうか。
いけばなと仏教は関係あるか?と問うたら、たいていの人はある、と言う。しかし仏教国のタイやインドには、供花はあるがいけばなは無い。いけばなは、日本独自の文化。同じ花を飾る行為でも、フラワーデコレーションはインテリアとしての「飾り」で、日本の「雛飾り」「床飾り」と違う。でもこれを、「心がある・無い」という言い方で、区別するのは間違っている。モナコで仕事した時、フラワーデコレーションもなかなかだと思ったもんだよ。いけばなとフラワーデコレーションがどう違うか…追求するのが、ライフワークかな。
―ビエンナーレを開催するにあたって、神戸を一番日本らしいまち、とおっしゃっていますが…。
ヨーロッパのまちは、中世の建物がそのまま維持・保存されている。京都・奈良も、古いまちなみを守っていて、一見日本らしい。しかし日本文化は、古いものをそのまま残してきたわけではない。伊勢神宮では式年遷宮といって、二十年ごとに建て替えを行う。このくらいの間隔だと、前回に施工した職人から、次の職人が技術を受け継げる。建物を新しくすることで、伝統を引き継いできたわけだ。そして建物を新しくすることで、新たな「気」が充実する。こういう考え方は、日本だけのものだ。神戸は水害・戦災・震災で壊滅的被害を受けたが、そのたび再生してきた。新しい活力に満ちた、日本の精神を具現したまちだと思う。
―神戸は、まちなみは新しいけど、古くからの日本の精神がある、と。面白い神戸観ですね。
日本民族は、もともと多民族の交わりから成立したから、文化も多種多様なものが交わりあっている。だから特定の主義主張に拠らず、お互いの価値観を認め合うという、日本人特有の気質が生まれた。日本人がファジーなのは、とても良いことなんだ。神戸はまさに交わりのまちで、港を交流拠点に、新しいものを取り入れて発展してきた。そういう意味でも、神戸は最も日本らしいと言える。そして、異質なものが混ざると、新しいことが興る。神戸ビエンナーレを興したのも、日本のすばらしさを自覚して、神戸から日本の未来を創りたいと思ったからなんだ。
―日頃あまり意識しませんが、日本らしさ、日本人の精神といったものは、どんなところにあるのでしょう。
昔は、来客がある時はまずトイレをきれいにしなさい、畳の部屋は目に沿って四角く掃きなさい、と教わった。お客は部屋の真ん中に座るし、トイレを使うとは限らない。これは、「人に誉められるためではなく、目立たぬところで精一杯努力しなさい」という意味で、日本人なら当たり前のことだった。いけばなでは、床の間が暗くてよく見えなくても、きちんと花を活ける。そうやって、日本の伝統、日本人の精神を伝えているわけだ。この精神は、ものづくりの世界にも通じる。目に見えないところまで、精魂込めて作り上げるものづくりは、日本の伝統だよ。
―アートの作り手たちに、おっしゃりたいことはありますか。
アーティストを見ていると、自己主張ばっかりで、勘違いしてる者が多い。たとえば商売するなら、売り物が買う人の役に立っているかどうか、考えながら売る。芸の世界も同じで、金を取って見せるなら、いかに楽しんでもらうかまで考えるべきだと思う。自分の作品を見せたい、評価して欲しいと思うだけなら、逆に観客に金を払わないといけないんじゃないか。一番偉いのは観客なんだから、お客さんに喜んでもらうようでないと。
―ご自身は、華道家として、夢かなえた人生と言えますか?
いや、夢というより、父親が早くに亡くなって、食べていくためにやってきただけで…。まあ、華道家としては、「さあ、花を見ろ」じゃない花を活けたいと願っている。「いつもの部屋が、今日は何かいい感じやなぁ…あ、お花が活けてあるわ」というような具合に活けて生きる、それが夢かねえ。
(2011年9月6日取材)
とみさわ かよの
神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員