3月号
新連載 湯けむり便り
金井 啓修
「そろそろカンピューターを活用してみては?」
15年先の有馬温泉を視野にいれたマスタープランをつくろうと官民一体で現在取り組んでいる。その一環として昨年9月末に世界的な温泉リゾート地ドイツの「バーデン・バーデン」を訪問した。観光局を訪問し、まちの戦略を拝聴。総勢20名で海外視察を行ったのは有馬1400年の歴史の中でも初めてのことだった。何日間を皆で過ごして食べて飲んで語った事はマスタープランをまとめあげる上で非常に有意義だったと思う。こうして旅に出ると普段気付かない事を発見する事がある。自由行動の時間。何組かのグループに自然と別れてしまう。同世代の仲間3~4人で街を散策していた。お昼にしようとレストランに入った。しばらくすると有馬の若手グループがやってきた。彼らは「金井さん何故この店に?」という質問をした。「美味しそうな店だったから・・・」と答えた。彼らは不思議そうにしていたが、私は彼らの質問の意図がわからなかった。
早朝散歩をしていると、ジョギングをしている仲間と出会った。先述のレストランで質問した彼らである。挨拶を済ませて見所の情報交換をした。彼の手にはスマートフォンが握られていた。成る程、これがあれば道に迷わない。言葉がわからなくても問題ない。その時疑問が解けた。若者たちはスマートフォンでレストランのクチコミの星の多い店を選んだのだ。今は思いがけない発見よりも失敗しない選択をする傾向があるようだ。
先日来、レストランのクチコミサイトでのやらせ問題が浮上している。おそらく同業者からの通報だと思うが、信用してレストランを訪れた人たちはこの問題をどう感じたのだろうか?
「さすが行列が出来ているから美味しい!」と思ったのだろうか?「不味い」と感じたが皆が美味いと言っているので自分の感想を言えなかったのだろうか?匿名性があるからクチコミを書く事は出来たはずだが不思議だ。
最近「味がわからない人が増えてきたのでは」という話を聞く事がある。星の数で美味いと勝手に脳が反応し雰囲気で味をごまかされてしまう人が増えたのだろうか?
考えてみれば僕だって人の事は言えない。運転する時はカーナビに頼っているので、道の感覚が全く分からなくなった。また無いと道に迷ってしまう。
しかしながら、私はやはり知らない土地を訪問すると、すべての感覚を研ぎ澄ませて街の雰囲気を味いながら街歩きをするのが楽しみだ。外国でよくある放射状のまちのつくりに慣れていないので、道に迷う事がある。身振り手振りで現地の人に教えてもらう。ちょっとした冒険気分が味わえるし、人とのつながりが出来るので楽しい。それが旅の醍醐味だと考える。
話は変わるが、有馬玩具博物館の自慢の収蔵品は世界的なからくり人形のコレクション。世界的なからくり人形作家「故西田明夫氏」が集めたもので、神戸ゆかりの「ジョン・ブランダール氏」が作ったサンダーバードの人形もある。神戸人形もからくり人形だ。その様な事から今話題の『ヒューゴの不思議な発明』という映画とタイアップする事となった。からくり人形が映画の中で重要な役割を演じているからだ。巨匠マーティン・スコセッシ監督はこの映画を通じて何を言いたいのだろうか。私は行きすぎたIT社会に風刺を込めたと考えている。からくり人形を制作できる人間は少ない。何故ならばアート的な感覚と、機械構造という理数的な左脳右脳の両方が求められるからだ。
そろそろコンピューターだけではなく、カンピューターを活用する必要があるのではないだろうか?その為には旅に出て御自身の感覚を研ぎ澄ませて楽しんで頂きたい。その後は温泉に入りリラックス。このような緩急をつけてリフレッシュする事が旅の効能だと考える。有馬温泉は近い場所だが奥行きが広く風水にも恵まれた場所。是非感覚を研ぎ澄ましにお越し頂ければ幸いだ。
金井 啓修(かない ひろのぶ)
有馬温泉で800年以上つづく老舗旅館「御所坊」の15代目。77年、有馬温泉観光協会青年部を結成して活性化に取り組む。81年、26歳の若さで「御所坊」を継ぎ、個性的な宿づくりで脚光をあびる。2008年、「有馬山叢御所別墅(ありまさんそうごしょべっしょ)」をオープン。世界的なからくり人形のコレクションが集う「有馬玩具博物館」は、約4000点もの所蔵を誇る。国土交通省の観光カリスマや内閣官房の「地域活性化伝道師」などに任命されている。