2019年
12月号
(実寸タテ19㎝ × ヨコ9㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㊸  「折々のことば」

カテゴリ:文化人, 神戸

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

もう何年になるだろう、宮崎修二朗翁がわたしのために、朝日新聞の連載コラム「折々のことば」を千切り抜いてくださるようになってから。
何度も書くが「宮崎修二朗」とは、知る人ぞ知る兵庫県文苑の最長老。正に博覧強記の生き字引である。
わたしは折に触れてお訪ねしているのだが、その度に手渡してくださるのが、千切り抜きだ。
ここでいう「千切り抜き」という言葉は、単なる切り抜きとは大きく意味が異なる。ハサミで安直に切り抜いたものではないのだ。
以前、当欄に次のようなことを書いた。

《帰りに「これ、あなたに」と言って封筒を手渡された。帰宅して開けてみると、朝日新聞の「折々のことば」というコラムの切り抜きがいっぱい。そしてメッセージが。
 「貴兄の血になってくれる――そう思ってこの小欄を切り抜きました。鋏のありがたさ、すべてのありがたさ」
 わたし、初め「鋏のありがたさ」というのが何のことか解らなかった。ところが切り抜きを手に取って見て息をのんだ。縁がみな切手の目打ちのようにギザギザだ。鋏で切ったのではないのだ。丹念に千切りぬいてある。翁は院内で鋏を持たせてもらえないのだ。身の回りに刃物を置かせてもらえないのだ。90歳を超える翁が、背を丸めてわたしのために千切り抜きをして下さっている(略)》

これが四年前のことである。
実はこのほどお教えいただきたいことがあり、施設に電話を入れ、訪問しようとした。ところが「今日はお疲れになってますので、また日を改めて」ということでお会いできなかった。
その翌日、翁のご子息から電話があり、「父が入院しました」と。
40度の発熱があり、病名は胆管炎とのこと。最近では元プロ野球選手の金田正一さん86歳がこの病気で亡くなっている。
翁は年が明けると98歳におなりになる。普通、この年齢で軽くない病気での入院となると、さて無事に退院できるだろうかと心配になるものだろう。ところがわたしは、少々不謹慎かもしれないが全くといっていいほど心配しなかった。翁は、頭脳も人並外れて優れておられるが、身体も頑健そのもの。といって病気知らずというわけではなく、人並みに、「夕日のガン(癌)マンになりました」などと洒落ておられたこともあった。またほかにも幾つかの病を克服してきておられる。
で、今回、半月ほどで退院の知らせを受けたのだが、養生のため一ヵ月ほどはお会いできない様子だった。その一ヵ月が過ぎるのを待ちかねて、このほどお会いしてきた。約二ヵ月ぶりだ。
予想していたよりもお元気そうで安心したが、さすがに目にはいつもの力がなく、宮崎翁らしくなかった。
「死ぬのかと思いました」とおっしゃる。しかしさすがに不死身の翁です。部屋の扉を開けた時、わたしの目に入ってきたのは、ベッドで本を読んでおられる姿だったのだから。しかも、傍らのテーブルにはメモ書きなどがあり、お勉強しておられたことを示していた。
そして、改めて感心したのは、ご入院前に翁宛に郵送しておいたある印刷物についてお尋ねした時のこと。
「知らないです」とおっしゃる。で、持参していたその予備のコピーをお見せすると、「読んでないです」と。どうやら入院騒ぎで分からなくなってしまったようだ。
そのプリントに目を走らせて翁は「これはありがたい。二、三日楽しめます」とおっしゃるのだ。
読むだけならあっという間に読めるもの。なのに「二、三日楽しめる」とおっしゃる。ということは、そこに書かれていることから、思索を伸ばせるということだろう。昔の文人の名前や出来事から、頭の中にある記憶へと思いを伸ばして楽しめるということ。やはり、まだまだ翁の頭脳は衰えてはいなかった。
さてその帰りのことだ。病後でもあり、今回はさすがに無いだろうと思っていたら、「ちょっとお待ちください」と言って、手渡してくださったのが、かの「千切り抜き」である。「毎朝、これを切り抜くことからぼくの一日が始まります」と言いながら、約二ヵ月分。
帰宅して読ませてもらったが、偶然にも中の一枚に宮崎翁が親しくしておられた詩人、多田智満子さんの詩が取り上げられていた。

あさってから手紙がくるよ/あしたのことが書いてある/あしたってつまりきのうのこと/あしたのわたしはごきげんですか

今ある、この「時」を大切にしなければ、と改めて思ったことだった。

(実寸タテ19㎝ × ヨコ9㎝)

■六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

■今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)ほか。

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2019年12月号〉
Cuisine Franco-Japonaise Matsushima|神戸の粋…
My Vitamin Lunch ● 私のビタミンランチ ●|Eve cafe
兵庫県のANDO建築探訪 ⑫六甲の集合住宅 神戸市灘区 1983年Ⅰ期完成/19…
パンヲカタル 浅香さんと歩く | パンさんぽ | Vol.19 やさしい風
パンヲカタル 浅香さんと歩く | パンさんぽ | Vol.18 PATISSER…
映画館で叶えられるゴッホとの対話 ~映画「永遠の門」で知る〝ゴッホの真実〟
神戸のお嬢さんAgain フロインドリーブ 上原 須賀子さん
神戸のお嬢さんAgain フルート奏者 久保田 裕美さん
神戸のお嬢さんAgain DORAYAKI ROMA 徳本 賀世子さん
ノースウッズに魅せられて Vol.05
輝く女性Ⅲ Vol.5 クムフラ マリコ・レイイリマラニさん
兵庫のモノづくりの素晴らしさを世界へ! 「KOBE LEATHER(神戸レザー)…
音楽のあるまち♬23 扉を開けたら、そこはジャズに 囲まれる非日常の空間
ウエディングサロンイノウエ|ウエディングドレスショップ[KOBECCO Sele…
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection]
STUDIO KIICHI|革小物[KOBECCO Selection]
Hair&Face Elizabeth|ヘアサロン[KOBECCO S…
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
㊎柴田音吉洋服店|ハンドメイド注文紳士服[KOBECCO Selection]
マイスター大学堂|メガネ[KOBECCO Selection]
il Quadrifoglio(クアドリフォリオ)|ビスポークシューズ[KOBE…
マキシン|帽子専門店[KOBECCO Selection]
らくだ洋靴店 三宮本店|セミオーダーパンプス[KOBECCO Selection…
ブティック セリザワ|婦人服[KOBECCO Selection]
ホテル北野クラブ|レストラン・パーティ[KOBECCO Selection]
北野クラブ|フレンチレストラン[KOBECCO Selection]
北野ガーデン|フレンチレストラン[KOBECCO Selection]
トアロードデリカテッセン|デリカ[KOBECCO Selection]
ボックサン|神戸洋藝菓子[KOBECCO Selection]
御菓子司 常盤堂|和菓子[KOBECCO Selection]
Fine(ファイン) Second(セカンド) 神戸本店|ゴルフウエア・雑貨[K…
ガゼボ|インテリアショップ[KOBECCO Selection]
ALEX|トータルビューティーサロン[KOBECCO Selection]
ゴンチャロフ製菓|洋菓子[KOBECCO Selection]
小さな輝き 神戸のモノづくり from KOBECCO SELECTION ー扉…
カワムラの"神戸ビーフ"への思い Vol. 04
田嶋(株)創業120周年、 プラスイ誕生10周年記念を祝う
縁の下の力持ち 第18回 神戸大学医学部附属病院 IVRセンター
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ|番外編|見える黒子 お茶子さんの世界
神戸俱楽部150周年 その歩みは、神戸の歩みそのもの
BMWのラグジュアリーモデルが一堂に集う 「Story of Luxury」
あしや芸術祭 2019 コシノヒロコ展 芦屋神社
市長が語る、都市の記憶 著・久元 喜造(神戸市長)
高砂会 遊びま書ーArtwork on the T-shirt
御大典奉祝記念事業「天神能」
MAKE OVER MAGIC KOBE年齢を重ね、人に深みと輝きを与える
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第一〇二回
harmony(はーもにぃ) Vol.22 ひろがる子ども食堂
神戸鉄人伝 第120回(最終回)神戸市長 久元 喜造(ひさもと きぞう)さん
連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㊸  「折々のことば」
神戸のカクシボタン 第七十二回 豪華絢爛、三宮で究極の忘年会を開催!!
おもしろ有馬楽「第10回 兆楽亭」|有馬歳時記
花一輪一輪がお客様との コミュニケーションをつむぐ レクサス宝塚