11月号
フランス料理界最高峰のコンクール「ボキューズ・ドール」 その頂点を目指す
世界的に著名なフランス料理のシェフ、ポール・ボキューズ氏によって1987年に創設された「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」。料理人にとって最も栄誉あるフランス料理界のコンクールとして知られ、今や「フランス料理のワールドカップ」「美食のオリンピック」と呼ばれている。その予選となる2018年5月の「アジア・パシフィック大会2018」では、日本代表を務めるメゾン・ド・タカの髙山英紀シェフとチームジャパンが優勝。2019年1月にフランス・リヨンにて開催される本選は目前、のしかかる期待とプレッシャーの下、世界一の座を目指す髙山さんに今の心境を伺いました。
食べ物で人を笑顔にすることの楽しさを感じ取って育った
…髙山さんがこの世界を目指されたきっかけから教えてください。
私は福岡の田舎で生まれました。祖母が何でも手作りする人で、川でスッポンを採ったり、畑でトマトや大豆を作ったり。採取した大豆から納豆や味噌も作ってご近所におすそわけしていました。配り役は私です。皆さん、とっても喜んでくださって。素材そのものの美味しさや、食べもので人を笑顔にすることの楽しさを感じ取って育ったのでしょう。父も左官業で料理界とは無縁でしたが、趣味で鯉を釣っては味噌で煮込んで鯉こくを作ったり、思い返せば、料理好きな一家でしたね。福岡でビストロを営んでいた伯父のアドバイスもあり、18歳の時にフランス料理の世界に入りました。
まずは東京・京橋にある名店、井上旭シェフの「シェ・イノ」で約8年間、基本技術を身につけ、その後、フランスに渡り、ブルゴーニュを中心にいくつかの星つきレストランで3年半ほど修行。なかでも私の憧れ、リヨン郊外の三つ星レストラン「レジス・エ・ジャック マルコン」での修行は大変勉強になりました。自然に囲まれた環境で地元素材を最大限に活かした料理が作れる素晴らしさを身をもって体験できたと思います。今年1月にポール・ボキューズ氏、そして8月にジョエル・ロブション氏というフレンチの二大巨匠がこの世を去りましたが、これからのフランス料理界をけん引する一人、レジス・マルコン氏のもとで腕を磨けたことを誇りに思っています。
…本場、フランスで学ぶことは大きな意義がありましたか。
日本国内でフランス料理のベースを、フランスでは感性を学んだと思います。皆が良いというものが流行りがちな日本と違い、フランスは“個”を大事にします。良いもの、悪いもの、好きなもの、嫌いなもの、各々が自分の感性の基準をきちんと持っている。その一方でミシュランという国の文化性を考慮した独自の料理評価基準もあり、料理とは地方に根付くべきものであり、伝統的にその味を維持していくものと改めて気付かされました。フランスではリストランテの味や家庭料理、多くの人脈など、たくさんのものを手に入れました。当時の友人は他のコンクールで優勝したりと互いに刺激を受け合う大切な仲間となっています。
地元のテロワールを生かした芦屋にしかないレストラン
…帰国後、2007年9月に2つ星「Gill」唯一の海外支店として芦屋に開店した「メゾン・ド・ジル芦屋」の料理長に就任。2016年2月には、髙山さんの名を冠したレストラン「メゾン・ド・タカ芦屋」として生まれ変わりました。新しいお店では『素材感を大切に。日本人の感性で、地元のテロワールを生かした芦屋にしかないレストラン』をコンセプトに掲げられています。
日本でのフランス料理はかなり遅れて発展しました。敗戦後の日本にフランス料理を導入した二人のスター、ホテルオークラ総料理長の小野正吉さんと、帝国ホテル総料理長の村上信夫さんの時代が第一ブームとすれば、次のステージとして“日本の”フランス料理をつくる時が来ている。自分達の感性を活かし日本を感じる地元素材の料理はもちろん、インテリアやカトラリー、調度品まで、和を感じていただくことで、海外の方に初めて日本発のフランス料理を提案できると考えています。
「メゾン・ド・タカ芦屋」で地元のテロワールとして力を入れているのは野菜です。尼崎・武庫之荘の島中農園さんの無農薬野菜を中心にメニューを組み立てています。島中さんお一人で栽培から営業、配達までこなされているので、一番いい状態で届けてもらえるのが有難いですね。あとは明石漁港や淡路島の鮮魚、これらも信頼できる人がいいというものを使っています。私たち料理人は加工のプロなので、食材は目利きのプロである生産者さんにお任せ。だから卸し市場や漁港という集合体からではなく、生産環境や食材へのこだわりを持つ生産者さんと信頼関係をつくり、できるだけ直に仕入れるようにしています。
…芦屋という土地柄はどのようにお考えですか。
芦屋で成功すれば、どこででもやっていける(笑)と言われるほど、美食家の方が多いですね。だからこそ生き残っていくためには、他店との差別化が必要です。現在、当店ではお昼の時間は美と健康を意識した野菜中心のメニュー構成、夜は時間をゆっくり楽しんでいただくために旬の淡路島の海産物と地元の野菜を中心とした食材で、最高のおもてなしをおこなっています。おかげ様で昼夜、ご予約で満席の日も多く、ランチもディナーもちょっぴり高いけれど、“自分へのご褒美に”という位置づけが確立できました。「レストランの評価はお客様が決める」とはポール・ボキューズ氏の言葉ですが、お客様をはじめ、関係者様、そして食材に支えてもらって今の私と、今の店がある。感謝の気持ちを常に忘れずに、料理を通して皆さまに喜んでいただくことが自分の使命と考えています。
日本の力、ここにあり!
真価が問われる本選へいざ出陣!
…さて、いよいよ「ボキューズ・ドール」世界大会が2019年1月にフランス リヨンで開催されます。予選を勝ち抜いてきた24ヵ国の敏腕シェフが技を競うわけですが、髙山さんは2015年にも同コンクール本選に出場し、5位に入賞。今回は2度目の挑戦ですね。
2015年大会のときは何がどのように評価されるかわからず、持てる技をがむしゃらに出しきりました。過去の大会結果を見ましても、開催地のフランスを除き、北欧勢が強いですね。国家予算をつけて、国をあげて応援していますから(笑)。そういう意味でも、今回はぜひ世界一を狙って、日本でも大会に注目してもらいたい。そのためには二位でも三位でもない、二等辺三角形の頂点、世界一になるしかないと頭にたたきこんでいます。大会では味、盛り付け、提供温度、地域特色、技術、衛生などを100点満点で審査されるのですが、今回は2回目ということもあり、評価方法の攻略ノウハウが頭にすべて入っています。短い時間で沢山の料理をジャッジする審査員の印象に残るインパクトや盛り付け、味はもちろんフランス料理を志し、そこに日本らしさの表現を加えなければなりません。
…アジア地区予選では2位以下に圧倒的な差をつけて優勝された髙山さんへの日本のフランス料理界の期待も相当、大きいですね。
期待が大きい分、プレッシャーも大きいです(笑)。ただ今までの経験を活かして、素直に、思う存分、戦えればなと。私たち料理人は表現者=伝える側ですが、それを受け止める、食べ手の気持ちを考えなければ、伝えたいことも伝わりません。相手の考えを想像し、そこに感謝の気持ちを持って作れば大丈夫、本選で出す料理にはきっと皆が驚く自信があります。「ボキューズ・ドール」での優勝は人生を大きく変えるチャンス。日本の力、ここにあり!と世界に見せつけるべく、全力で頑張りたいと思います。
…人生を大きく変えるチャンスを美味しい料理で実現することがすごいですね。
料理は食べるとなくなってしまいますが、美味しいものは記憶に残ります。そこが料理の魅力です。食は人間が幸せに過ごすために必要不可欠なもの。現在、垂水区の藤井内科クリニックの藤井芳夫先生とともにターミナル期の高齢者向け嚥下スープを開発しているのも、そんな考えがあるからです。生かされるためではなく、生きるための、食べる楽しみを感じる食事です。緩和ケアへ食の可能性を追求していきたいと、兵庫医科大学リハビリテーション医学教室の道免和久先生とも研究を進めています。食べ物はカラダをつくる大事な要素ゆえ、今後は離乳食の研究も行い、人の一生における食事の大切さや必要性についても積極的に関わっていければいいなと思います。
メゾン・ド・タカ 芦屋
芦屋市平田町1-3
TEL.0797-35-1919
営業 ランチ 11:30~13:00(L.O)
ディナー18:00~20:30(L.O)
定休日 月曜日(祝日の場合は翌日)
http://maisondetaka.jp/restaurant/
メゾン・ド・タカ 芦屋
髙山 英紀 (たかやま ひでき)さん
1977年福岡生まれ。18歳の時にフランス料理の世界に入り、東京・京橋にある名店、井上旭シェフの「シェ・イノ」にて約8年間の下積み時代を過ごす。2004年にフランスに渡り、ブルゴーニュの一つ星レストラン「ル・シャルルマーニュ」、三つ星レストラン「ラムロワーズ」、リヨン郊外にある三つ星レストラン「レジス・エ・ジャック マルコン」にて約3年半の修行。帰国後、「メゾン・ド・ジル芦屋」の料理長に就任。2009年9月に行われた世界的なフランス料理コンクールである「ボキューズ・ドール国際料理コンクール2011」の日本決勝6名の一人に選出される。2013年「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」の日本大会で優勝。2014年「ボキューズ・ドール アジア・パシフィック大陸予選」で優勝。2015年「ボキューズ・ドール 世界大会2015」で5位、魚料理特別賞を受賞