2018年
11月号
日本女子大学校教員時代の高良とみ

連載 神戸秘話 ㉓ 戦後初の女性議員 高良(こうら)とみ 激動の時代に世界平和を希求した平和運動家

カテゴリ:建築, 文化人

彼女は天の声が聞こえていたに違いない。日本人を、アジア人を、全人類を愛して働き、不滅の仕事を成した高良こうらとみ。自伝「非戦を生きる」(昭和58年)でこう述べている。「今、私たちの国は、主体性もなくふらふらとして、アメリカの言うなりに右へ右へと動きつつあります。私は戦後、ソ連や中国や、その他さまざまな国ぐにの人びとに『日本は二度と同じまちがいを繰り返しません。平和の中に生きます』という決意を絶えず誓ってきました。私の尊敬するインドのガンジーさんやタゴールさんは、不戦こそが日本の生きる道だと私たちに教えられました」。
そして「自分の子供が隣の家の垣根を越えたならば、たとえ叱られても怒鳴られても、子供を返してほしいと頭を下げに行けば、必ずその心は相手に通じるに違いないと確信していました」と、東西冷戦時代の昭和27年(1952)、彼女がたった1人でソ連へ赴きモスクワ経済会議に出席したことが契機になり、日本と共産圏の国々との民間交流がはじまった。これによりシベリアに抑留されていた人々の情報が日本に流れ、日中民間貿易が開始されたのだ。
高良とみは明治29年(1896)にアメリカ帰りの土木技師、和田義睦と婦人運動家の邦子の長女として富山で生誕。父の転勤で関西へ転居し、2度目の転校で県立第一神戸高等女学校(後の神戸高校)の2年生に転入したが、やっと自分にあった学校に来たと水を得た魚のようにのびのび勉学に励み体を鍛えた。しかも「国家主義的な要素があったとすれば、それはこの神戸女学校時代に培われたのかも」と述懐している。
多感な少女はこの「神戸秘話」の初回で紹介した田中銀之助に憧れて音楽の道に進みたいと思ったり、日本画の絵描や歴史の先生にもなりたいと考えたり、気持ちが定まらなかった。そんな時、「英語を武器とすれば世界中どこへ行っても世の中がどんなに変ろうとも役に立つ」と母に助言され、日本女子大英文科に進学した。卒業後はアメリカへ5年留学、帰国すると九州帝大の助手から日本女子大の教授に、そして戦後は参議院議員にと、当時の女性としては類まれなエリートコースをまっしぐらに進んできた。
彼女には並はずれた純粋さと、視野の広さ、そしてそれに伴う行動力が備わっていた。戦後初めてソ連の鉄のカーテンをくぐり、中国の竹のカーテンの向こうを見てきた婦人議員として高良とみはその名を知られているが、戦前においてもドクター・オブ・フィロソフィーの肩書をもつ心理学者として、常に社会の第一線で活躍していた。
「私が尊敬する人はガンジーとタゴール、親友はネルーと李徳全女史」と言ってはばからない彼女のスケールの大きさは、日本女性の中では稀有のものだ。彼女の足跡は世界中にわたり、しかも心の交流を重ねて世界中に友人があり、師がいる。あたかも隣の家を訪問する気楽さで諸外国を訪ね歩く。たとえどんなに著名な相手であろうと臆せず自分の意見を堂々と述べ、意見を交換する。いったいこの行動力はどこからくるのか。そしてその行動力を支えた思想の根幹とは何であるのか、もう一度たどる必要があると考えている。

※敬称略
※「非戦を生きる」高良とみ自伝(ドメス出版)などを参考にしました。

日本女子大学校教員時代の高良とみ

1952年、北京の西苑空港にて出迎えをうける
日本女子大学成瀬記念館 所蔵

高良こうらとみ

明治29年(1896)~平成5年(1995)。富山県出身。兵庫県立第一神戸高等女学校~日本女子大学と進学し、米国留学の後、九大医学部助手を経て日本女子大教授、帝国女子医専教授などを歴任。ウィーン国際婦人平和会議(大正10年)では世界平和の母ジェーン・アダムスやロマン・ロランと出会う。大正12年には来日したジェーン・アダムスの通訳として同行。昭和10年には上海で魯迅と面会。戦後、昭和22年民主党から参院全国区に当選、緑風会に移籍して2期12年務める。昭和24年世界平和者会議に出席し、以後、国際平和運動に奔走。同年には戦後はローマ法王に会い戦犯の減刑を請願。昭和27年にはモスクワ世界経済会議に出席(グロムイコ会見、スターリンへの手紙「数十万の日本の息子達を探しに遠くシベリアへ来た母の一人、高良とみ」)。同年日本人として初めて新生中国を訪問し、第一次日中民間貿易協定を締結。昭和28年日本婦人団体連合会(婦団連)を結成し、副会長となる。インドの詩聖タゴール(アジア初のノーベル文学賞受賞者)との出会いが彼女の人生に革命的変化を引き起こした。著書に自伝「非戦(アヒンサー)を生きる」、タゴール詩集「ギタンジャリと新月」など。平成14年「高良とみの生と著作」(全8巻ドメス出版)が刊行。勲二等瑞宝章受賞(昭和47年)。
家族:母=和田邦子(神戸の婦人運動の先駆者)
夫=高良武久(慈恵医大名誉教授)
長女=高良真木(洋画家)
二女=高良留美子(詩人)

瀬戸本 淳(せともと じゅん)

株式会社瀬戸本淳建築研究室 代表取締役
1947年、神戸生まれ。一級建築士・APECアーキテクト。神戸大学工学部建築学科卒業後、1977年に瀬戸本淳建築研究室を開設。以来、住まいを中心に、世良美術館・月光園鴻朧館など、様々な建築を手がけている。神戸市建築文化賞、兵庫県さわやか街づくり賞、神戸市文化活動功労賞、兵庫県まちづくり功労表彰、姫路市都市景観賞、西宮市都市景観賞、国土交通大臣表彰などを受賞

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