8月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第七十五回
わが国における社会保障の歴史について
─日本の医療保険制度はいつはじまりましたか。
北野 大正時代の1922年に健康保険法が制定されたのが最初です。その後1938年に国民健康保険法(旧国保法)が成立、戦後にそれが改正(新国保法)され、1961年に国民皆保険が実現しました。1973年には老人医療費が無料化されたものの財政圧迫を招き、1982年に老人保健法制定、さらに2002年に高齢者医療制度改革と医療保険制度改革、2006年には医療制度構造改革がおこなわれました。そして2008年に後期高齢者医療制度が創設され、今に至っています。来年には市町村国保が都道府県に移管される予定です(図1)。
─健康保険法制定にはどのような背景がありますか。
北野 当時は株価の大暴落と戦後恐慌のため労働争議が頻発し、健康保険法は労働力の減退を防ぐ目的で制定されました。ドイツの労働者保険をモデルとし、対象は労働者のみで自営業者などは対象外でした。それらの人々をフォローするために制定されたのが旧国保法です。当時は農業不況が深刻で、農民救済の意味合いが濃いものでした。地域住民や同一業者が組合を結成して運営するもので、日本独特の村社会の相互扶助意識が大きく寄与していました。加入は任意でした。
─それが戦後どのように改正されましたか。
北野 戦争や戦後の混乱で保険料の未納が続出し約3000万人が無保険者となったため、新国保法では運営主体を組合から市町村へと移行し、強制加入となりました。これにより地域保険と職域保険の二本立ての保険体系が構築され、やがて皆保険制度が実現したのです。
─最近の医療制度改革はどのような動きになっていますか。
北野 小泉政権による2006
年の医療制度構造改革では高齢者医療制度や協会健保制度などが決まり、2008年に後期高齢者医療制度が創設され、2013年に第6次医療計画が策定されて在宅医療が重視されるようになりました。2014年には地域医療・介護総合確保推進法が、2015年に医療保険制度改革法が成立して、現在は自営業者や年金生活者、非正規雇用者などが加入する国民健康保険と、中小企業の被用者向けの協会けんぽ、大企業の被用者向けの健康保険組合、主に公務員が加入する共済組合からなる被用者保険の二本立てになっており、その上に前期高齢者医療制度、後期高齢者医療制度が乗っかるという体系になっています(図2)。
─日本の医療制度の特徴と問題点を教えてください。
北野 わが国では国民皆保険制度を実現し、誰もが適切な費用で高度な医療を受けられ、どの病院にでも自由にかかれるフリーアクセスです。一方で加速度的な少子高齢化の影響や、医療の高度化や高額医療により、財政的な問題が深刻です。中でも国民健康保険は第一次産業人口の減少と非正規労働者の増加の影響もあり赤字が増加しています。健保の高齢者医療費拠出金増加や、病床数など管理医療もまた問題になっています。
─わが国の介護については、どのような歴史がありますか。
北野 戦後の1963年に老人福祉法が制定され、特別養護老人ホームの創設やホームヘルパーの法制化がなされました。1973年には老人医療費の無料化がおこなわれましたが、社会的入院などが問題となって1982年には老人保健法により一定額の負担が必要になりました。1989年にはゴールドプランが策定されて施設や在宅福祉が推進され、その5年後の新ゴールドプランにより在宅介護の充実が推し進められました。1997年に介護保険法が成立、2000年に施行され介護保険制度ができました。
─介護保険制度とはどのようなものですか。
北野 高齢者の介護を社会全体で支え、住み慣れた地域で安心して暮らしていけることを目指しています。自立支援・利用者本位・社会保険方式が基本ですが、使用するためには介護認定が必要です。制度の骨格はドイツ、ケアの形態はデンマークやスウェーデンをモデルにしています。一方で制度が複雑な上、介護職員の不足や待遇の悪さ、入所施設の不足などの問題が挙げられています。
─公的年金制度はいつから始まりましたか。
北野 実は意外にも戦争の時代なんです。1942年に労働者年金保険法が施行されましたが、これは工場などで働く男性労働者を対象としたもので、生産力向上を狙ったものです。その2年後、厚生年金保険法へと改称され、ホワイトカラーも対象になりました。戦後になると1954年に厚生年金保険法の全面改正を経て1961年に国民年金法により国民皆年金が成立しました。1985年には基礎年金が導入、2004年に保険料の上限が固定され、2012年には被用者年金制度の一元化がおこなわれ、今年8月1日からは資格期間が25年から10年に短縮されます。
─わが国の社会保障の課題は何ですか。
北野 わが国では社会や時代の変遷を乗り越えて国民皆保険や皆年金という世界に誇れる独特の制度を実現させてきました。しかし、高齢化や社会経済の変容により財源が不足し、その維持が難しくなってきています。また、核家族化や要介護高齢者の増加に対応するために創設された介護保険も多くの問題を抱えています。今後、社会保障費の増大は避けられず、財源の確保は喫緊かつ最大の課題として重くのしかかってくるでしょう。