8月号
都市部は養蜂に適している
藤井内科クリニック 院長 藤井 芳夫 さん
養蜂コンサルタント 春井 勝 さん
本誌に12回にわたって「ミツバチの話」を連載いただいた藤井芳夫先生が〝養蜂の師匠〟と呼ぶ春井勝さん。お二人の出会いから今に至るまで、また都市部での養蜂について語り合っていただいた。
今年も豊作
藤井 ただいま採蜜シーズンの真っただ中。今年も豊作です。
春井 1回目は何と6群(6つの巣箱)で97㎏。今年は3回の採蜜で、すでに通算400㎏を超えています。たった6群で400㎏を超えることは今までになかった量です。
藤井 初年度には30㎏しか採れなかった。最近は年平均150㎏ほどの収穫でしたが、昨年は豊作で300㎏ほど採れたと報告しました。
今年はいきなり3回の収穫で昨年の収穫量を上回ってしまいました。これも春井さんのおかげです。
春井 みんなが集まって楽しく採蜜作業ができるようにしています。元気な群の蜜をたくさん貯めている巣板をあまり貯めていない群の巣板と交換して、元気な群にもっと蜜を集めさせるなど管理方法を工夫して1回の採蜜量が増えるようにしています。
藤井 それって採蜜でミツバチから直接蜜を取り上げるかわりに蜜巣板を別の処に移して、ミツバチにとっては採蜜されてハチミツがなくなったと思わせる状況をわざと作っていたのですね。
春井 そうです。せっかく貯めたハチミツが無くなってしまうとミツバチはまたいちから一生懸命花蜜を集めます。なんせ藤井先生はミツバチから年貢としてハチミツを厳しく取り立てる悪代官様ですからな(笑)。
いきなり遠心分離器
春井 先生とはもうかれこれ7年のおつきあいになりますか。ところでミツバチに興味をもたれたのはどうして?
藤井 昨年の8月号にも載せていますが、繰り返しますと、たまたま雑誌で銀座のビルの屋上でミツバチを飼ってハチミツを採り、スイーツをつくって販売しているという記事を見て「都会でもこんなことができるんだ!」と驚きました。ちょうどその頃、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で島根県安来市の飯塚藤兵衛さんの養蜂風景を観ました。それで島根であった学会参加の帰りにアポなしで訪ねてみました。飯塚藤兵衛さんは当時放映されていた連続ドラマ「ゲゲゲの女房」の主人公のお兄さんにあたる方です。突然の訪問にもかかわらず、ミツバチのことを詳しく教えていただきました。それでミツバチや養蜂器具の入手方法を尋ねると、なんと神戸の阪神住吉にある俵養蜂場を紹介されたんです。
そこで、俵養蜂場に「採蜜に必要な遠心分離器ありますか?」と電話したところ社長さんが出られて・・・。
春井 いきなり遠心分離器ですか。巣板に貯まった蜂蜜を遠心力で取り出すために必要なものですが。そりゃ社長もびっくりですな。
藤井 そうなんです。「蜂は何群飼っておられます?」と聞かれ、「これからです」と答えると「蜂が先ですよ」と呆れられました。「老人ホームの入居さんに蜂蜜を食べてもらいたくて」というと「じゃ、一度見に行きましょう」と言っていただきました。
春井 その時、巣箱を2つ持って同行したのが私で、これが藤井先生との出会いです。
藤井 家内や職員には「ちょっと見に来てもらうだけ」と話していただけなので慌てました。しかも11月ですからハチミツの季節でもないし巣箱を2つ置いていかれてもどうしていいのやら(笑)。社長は、「あとは春井君に何でも聞いてください」と言われました。
春井 社長は新進気鋭な人でしたからね(笑)。ただ、養蜂はレンゲやアカシヤなどの単一の花のハチミツ(単花蜜)採集にこだわり、都市での養蜂は邪道だと思っていたようですが、「おもしろそうやな~」と考えが変わってきたようです。私はそれまでにも工都尼崎の鉄工団地協同組合が「緑花事業」の指標として取り組んでいる養蜂や、大阪梅田の養蜂の指導をしていたので、適役だったのでしょう。それと、以前の仕事(農業技術指導)の関係上、垂水区のこの辺りではどんな緑花植物がいつ頃咲くかということをだいたい把握していましたし、ミツバチの天敵スズメバチがいることもわかっていました。それでスズメバチがいなくなる時季を選んで持って来たんです。藤井先生に「こんな時季に持って来てどうするんや?」と思われたのも当然です。
養蜂は田舎より都心のほうが向いている
藤井 春井さんは大阪の池田市で既に都市部で養蜂ができることを実証されていますからね。意外と田舎よりも向いているそうですね。
春井 都市部は都市気候で田舎より暖かく、緑化が進んでいますから。街路樹、公園や一般家庭の生け垣などの樹木の花が、蜜源植物として適しています。逆に郊外の農村地帯は里山としてのイメージはいいけれど、稲の害虫駆除に多くの農薬が使用されており、ゴルフ場にも芝の管理のために大量の農薬が使われています。なかには帰巣本能のある生物の方向感覚を狂わせてしまう農薬も使われている可能性があります。
藤井 帰巣本能のあるミツバチはもちろんのこと渡り鳥にも影響があるそうですね。さすが県で農業の技術指導をされていたので詳しいですね。
春井 自分で言うのもなんですが、街の中のどこでどんな花が咲くかは、養蜂家の中ではいちばん詳しいと思っています(笑)。ハチミツの採れる蜜源植物の知識もありましたし、前職の関係で栽培農家さんとのつながりもあります。以前から緑化樹木の生産者が多い宝塚市内や、神戸市北区の農家の敷地の一角に巣箱を置かせてもらっていました。現在では尼崎市内でも巣箱を置かせてもらっています。というのも、尼崎の鉄工団地で指導するうち、尼崎市内でも非常にたくさんハチミツが採れることがわかったからです。また蜜源植物以外の要因として、阪神間の大阪湾岸部は日本でも有数の無降雨日数(雨の降らない日)が多いということもあります。雨が降らないとミツバチは花蜜を集めに外へ出て行く。つまりミツバチの働く日数が多い。私も指導するだけでなく自分でもハチミツを採らないと!(笑)
春井 話は替わりますが、ヨーロッパではミツバチはペットの感覚で飼われています。ミツバチを自分の家の庭で飼ってハチミツを採り、それでお菓子をつくったり、ミード(蜂蜜酒)をつくって生活を楽しんでいる。日本では「ハチミツは好きだけれど蜂は嫌い」という人が多いのが残念です。
藤井 ヨーロッパでは、キリスト教社会の影響で教会のロウソクはミツバチの巣から採れる蜜蠟が使われた。そのため、地域社会の中心だった教会の庭でミツバチを飼っていた。また、ゲルマン民族は結婚して1ヶ月の間、新婚夫婦はミードを飲んで子作りに励んだ風習があった。これが「Honey Moon(ハネムーン)」の語源になった。そういった歴史的な背景から、養蜂が文化として根付き、ミツバチが身近な存在になっている。またガーデニングや家庭菜園をするときにポリネーターとしてのミツバチは大切ですね。しかし、イングリッシュガーデンが我が国に紹介されたとき、6月号でも述べましたが、園芸関係者に関心をもたれなかったために、ミツバチの重要性が紹介されなかったのが残念です。この話題は話し出すと止まらないのでこの辺で・・・。
藤井 最後に、連載が始まってから多くの先生方から「読みましたよ!」と声をかけていただきました。私たちにとって非日常であるが人類にとってとても大切な養蜂のことを知ってもらうためにちょっとはお役に立てたかな、と嬉しく思っています。師匠!今後ともよろしくお願いいたします。
春井 ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。
春井 勝(はるい まさる)
養蜂コンサルタント
2010年3月まで兵庫県職員として、農業技術の指導にかかわる。おもに花卉・植木栽培の指導を専門としていた。そのかたわら、養蜂の研究を独自でおこなう。2010年に兵庫県を退職し、自分で養蜂を実践しながら、おもに都市部で養蜂の技術指導をおこなっている。蜜源になる緑化用樹木に造詣が深い。養蜂歴32年。また、花卉栽培ではダリアを特に研究し、『庭を華やかに彩るとっておきのダリア』(家の光協会)を執筆
藤井 芳夫(ふじい よしお)
藤井内科クリニック 院長
1979年、神戸大学医学部卒業。1981年同大学大学院、1985年学位取得。1989年NIHへ留学し、帰国後、1991年に国立療養所兵庫中央病院内科医長となる。1998年に開業。2008年、介護付有料老人ホームMボヌール設立。2011年認知症高齢者グループホームMボヌール設立。2006年より垂水区医師会理事。2016年より同副会長。2010年から2014年まで神戸市医師会理事。2014年から2016年まで同監事を務めた