2014年
11月号
芳水詩集(右は復刻版)

触媒のうた 45

カテゴリ:文化・芸術・音楽

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

 92歳、宮崎翁のお話。
 「誰知らぬ人がないくらいに有名だった有本芳水(ほうすい)ですがね、何十年の間ぷっつりと消息が途絶えていました。けど、疎開先の岡山にご健在だと知って…」
 有本芳水(1886年~1976年)。詩人、歌人。姫路市出身。早稲田大学卒業後「実業之日本社」に入り、『日本少年』の主筆として活躍。同誌に毎号発表した少年詩がブームになる。
 「昭和28年でしたが、芳水さんのことを神戸新聞に書きました。すると大きな反響がありました。『えっ!芳水はご健在だったの?』と。
 『芳水詩集』(大正3年・実業之日本社刊)というのがある。これが『日本少年』に連載した少年詩集。三百五十版も重ねる大ベストセラーだ。少年時代、この詩集に影響を受け、後に有名文学者になった人は甚だ多い。
 「昔古本屋で買ったものですがあなたに差し上げます」と言って翁が持ち出して来られたのが、その詩集。
 「うわーっ!、これは迂闊に触れません」
 酸化がひどくてホロホロと崩れてしまいそうだ。表紙も奥付もない。ページを開くと解体してしまいそうなのだ。で、わたし、それは大事にとっておいて再々復刻されたものを入手して読みました。この何回も復刻版が出たというのも、ひいては宮崎翁の触媒仕事のなせるところなのでしょうか。
 装丁がいい。竹久夢二だ。そして「序」の言葉。
 《少年、少女の愛らしき口より、われに詩集を編め との請(せ)めいなみがたく、茲(ここ)にわが幼き詩集『芳水 詩集』はなりぬ。
 (略)
  旅にしあればしみじみと
  赤き灯かげに泣かれぬる。
 されば人生は旅なり、さらばいつまでもかく歌ひつ づけむ。
     月夜船唄をききつつ
     筑前博多の客舎にて
 二月十七日        著者   》
 漢字にはすべてルビが振られている。感傷的な文語文で、納められている詩も文語体で書かれており、竹久夢二の表紙絵と相俟って、大いに抒情的、感傷的だ。わたしは、「ほう、これが当時の少年たちの胸を揺さぶった詩なのか!」と納得。いかにも大正の感傷的ロマンだ。宮崎翁、「お読みになればあなたはお笑いになり、詩としてお認めにはならないでしょうが…」とおっしゃるが、たしかに今日の少年たちに受けることはないだろう。
 芳水については、前号の野坂昭如同様、『環状彷徨』に詳しく紹介されていて、それは随分洗練された記述になっている。しかしわたしは、翁の処女出版だった『文学の旅・兵庫県』(昭和三十年)の文章の方が温もりがあって好きだ。
 『文学の旅・兵庫県』については、この連載の第一回と二回に「本の背中」と題して詳しく書いた。面白い話です。ぜひ本誌のバックナンバーをお読みください。
 で、「芳水生家」と題された同書の個所。

   《赤き夕日のてるところ
   昔なつかしふる里に
   われも旅よりかへり来て
   小川のほとりとめ来れば
   野は秋草にみだれたり

 そうした少年詩の一節がわたしの口からこぼれる。大正も末期の生れであってみれば、私にとってこの詩の作者が、幼いころへの郷愁をいざなう人だとはとてもいえないのであるが、その詩作品はどこかなつかしい望郷のしらべを、切々と訴えて来るのである。
  詩人としてよりも、明治三十八年に尾上柴舟や前田夕暮、若山牧水らと車前草歌会を作り、当時の歌壇に活躍したという名で記憶していた私にとって有本芳水氏が岡山県上道郡浮田村に健在であるということを知ったときは大きな喜びであった。 さっそく私は氏にあてて生家について問合せの手紙を書き、姫路市飾磨区玉地にその家がのこっているということを知ることができた。》

 いいですねえ、この文章。若き新聞記者の活き活きとした心持があふれています。添えられた宮崎記者撮影の芳水生家の写真もいい。翁はカメラの腕前もなかなかのものなのだ。
 もう少し続きを、
 《山陽電車の飾磨駅に降りた私は、歩を早める。秋のある夕暮れどきである。古い港町の面影がここかしこにのこり香を漂わせている。  (以下略)》
 全文載せたいがそうもいかないので興味のある方は図書館ででもお読みください。
 翁は芳水のことを「生きた文学史でした。明治・大正文壇の裏面史や昭和の文学揺籃期のことをぼくに色々と話して下さいました。今となってみれば録音しておけばよかった」としみじみ。
                  つづく

芳水詩集(右は復刻版)

出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2014年11月号〉
特集 ー扉 今も静かに“楽園”の輝きを放つ「苦楽園」
苦楽園の歴史
湯川秀樹が歩いた街「苦楽園」
「神戸の紅葉の名所」
苦楽園のお店 1
苦楽園のお店 2〜5
苦楽園のお店 6〜8
苦楽園のお店 9〜12
苦楽園のお店 13〜14
苦楽園のお店 15〜16
住環境に優れた街を走る甲陽線 地元で愛され90年
美味しさのブランド ikari
造営100年 武庫離宮と須磨
神戸市立須磨離宮公園の催し案内
「歩いて」「見て」感じる須磨の歴史と自然
須磨の魅力を勝手にどんどん発信!
「須磨 智慧の道」を歩く
神戸市立森林植物園 世界の森のもみじめぐり
芦屋平田町に歴史を刻む洋館・稲畑邸
女性たちが力を合わせて「神戸アピール」を発表 全国商工会議所女性会連合会総会が神…
ホットな“豚饅”で神戸を元気に! 第4回 KOBE豚饅サミット開催
まだまだあるよ! 神戸の豚饅人気店
KOBEの人気ヘアサロン コウベ/スタイル Vol.16
神戸のカクシボタン 第十一回
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第四十四回
フランク・ロイド・ライト その思想と建築を今に Vol.5
It’s NEW! 「つくる人」と「買う人」を繋ぐ神戸発のショッピングサイト『L…
耳よりKOBE 竹中大工道具館がリニューアル!大工道具の魅力をより深く!
耳よりKOBE もっと北淡路を楽しみたい!あわ神あわ姫バス、運行開始!
キュレーターズ連携で震災を語り継ぐ
草葉達也の神戸物語
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第59回
第九回 兵庫ゆかりの伝説浮世絵
触媒のうた 45
神戸のバーめぐり KOBE OLD & NEW vol.7
[神戸百店会NEWS]北野ガーデン古典芸能イベント 芝能「仲秋の宴」を開催