12月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第五十六回
診療報酬の現状と課題
─診療報酬とは何ですか。
坂井 診療報酬とは、公的医療機関で診療を受けた場合の全国一律の公定価格であり、2年ごとに改定されます。患者は医療機関の窓口や薬局で原則3割を負担し、残りの分は医療保険が支払うことになっています。診療報酬は医療機関にとって、医療を安全に提供するための費用保障になります。患者にとっては自己負担額が支出となりますので、生活に影響します。
─診療報酬はどのように決められているのですか。
坂井 診療報酬は2年に1度改訂されますが、内閣が予算編成過程で決定した総医療費を前提に、社会保障審議会で決められる基本方針を受け、厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)内で具体的な点数が決定されます。中医協は厚労省の諮問機関であり、委員の構成は、医療提供側と支払い側と調整役である公益代表と専門委員です。 最近の中医協内での審議では大量のデータを集め、できるだけ公平にエビデンスに基づく議論が求められています。
─日本の皆保険制度を守るために、診療報酬はどのような役割を果たしてきましたか。
坂井 日本の医療費は諸外国に比べ低く設定されています。これは、診療報酬が皆保険の下で全国一率化されており、価格交渉をおこなう場所が集権化され、支払い側が供給側との強い交渉力をもち、医療単価を低くすることが実現できたからです。一方で政府は診療報酬の点数を変化させることにより、必要な医療を必要な場所へ提供するための政策誘導をおこなってきました。診療報酬の配分は経済状況や社会事情、国民感情に配慮しながら変化させてきていますが、診療報酬の点数操作が医療現場にとってよい方向に向かうとは限らず、病院の倒産や看護婦の偏在、救急医療の崩壊などを招いた時期もあり、その反省と検証を繰り返しつつ、現在も改定がおこなわれているのです。
─これまでおこなわれてきた診療報酬の改定で、良かったこと悪かったこととは何ですか。
坂井 さまざまな面で功罪があります(図)。医療現場では町の診療所(かかりつけ医)を充実させ、国民は体の具合が悪くなればいつでもどこでも近くの診療所で安い治療費で診てもらえるという、日本が世界に誇れるフリーアクセスを実現、病気の早期発見と治療に貢献しましたが、一方で病院経営や病床コントロールの問題が後回しとなり、現在の急性期医療や老人医療の問題が大きな課題となっています。医療の提供という面では、全国一律の診療報酬で報酬額がコントロールされる中、医療提供側も改訂ごとに経営努力をおこない、モラルや向上心により、他国と比べ安い治療費を維持するとともに、質の高い医療を提供してきました。しかし、地域ごとの事情に対応できないことや、高額医療となった場合の支払いや財源の問題、高齢者医療の問題が課題として残っています。支払い面では、出来高払い制によりきめ細やかな診療を可能とし、高レベルな医療を維持発展させた反面、過剰診療や治療費のわかりにくさなどの問題があり、包括払い制との調整が課題です。
─今後の課題は何ですか。
坂井 診療報酬の役割には、①医療費価格を安定させ適正価格にする、②医療機関側の運営を安定化させる、③診療報酬の点数配分により医療提供体制を整えるという三つの役割があります。診療報酬の今後の在り方を考えるには、医療費の自然増と財源問題をどう考えるのかが重要となってきます。医療費の自然増の要因には、高齢化のような人口構造の変化に伴うもが挙げられますが、先端技術の普及による高額な機器や医薬品の適用など医療の高度化の要素が、時に人口の高齢化による要因を上回っているのも事実です。医学医療は日進月歩で進化しており、医療の高度化や高額化は避けられない問題ですが、今後は受療の合理化・効率化がこれからの中心的な課題となるでしょう。今後の診療報酬の課題として重要なのは医療提供体制の問題で、現在進められている地域医療構想との整合性、外来医療の機能分化・連携、治療内容の費用対効果の評価など、論点は多岐にわたっています。また介護報酬との関係も、留意する必要があるでしょう。
坂井 智代 先生
兵庫県医師会医政研究委員
さかい眼科 院長