2月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第五十七回
いわゆる「混合診療」の歴史と現状
─混合診療とは、どのようなものですか?
松尾 日本には、国内で安全かつ有効であると認められ薬価収載された(いわゆる保険のきく)保険診療と、それ以外の自由診療があります。保険診療は3割以下の自己負担で受けられますが、自由診療は全額自己負担になります。混合診療とは、一連の医療行為の中で保険診療とそれ以外の費用が混合することで、保険診療と自由診療を一緒におこなった場合などが相当します。混合診療は原則禁止されていて、保険のきく医療も含めて全額自己負担になるというルールが定められていますが、特例として一部の高度先進医療(保険収載候補)については十分な管理のもとに保険診療と併用しても良いことになっています。
─その特例はいつ頃始まりましたか。
松尾 1984年に特定療養費制度として成立し、その後2006年に保険外併用療養費制度に変更されました。混合診療の全面的な解禁が主張された事もありましたが、十分に議論された結果、国が安全で有効であると認めたものに限っておこない、施設にも基準を設ける事になりました。これらの制度によってドラッグラグといわれる未承認薬の審査期間もかなり短縮されてきました。国立がん研究センターの医師も「現場のニーズは満たされつつある」と評価しています。
─混合診療が全面的に解禁されると、どのような問題があるのでしょうか。
松尾 日本の公的医療保険制度は、すべての国民が必要に応じて等しく医療を受けることを可能にしてきました。国内ではこの制度の有難さを感じにくいのですが、アメリカやドイツでは受けられる医療内容に経済力による格差があり、お金のあるなしで受けられる医療内容が異なっています。混合診療が広がると、自由診療が増えます。自由診療は数百万円もする高額なものもあり、受けられる人が制限されてしまいます。そのため、医療内容の経済力による格差が広がってしまうのです。また、混合診療が全面的に解禁されると、新しい治療が公的保険に組み入れられなくなり、公的保険で受けられる医療の範囲が縮小するおそれもあります。さらに、自由診療は管理されないため、医療の安全性が損なわれる可能性もあります。
─混合診療に関し、新たな制度が始まるそうですが、それはどのようなものですか。
松尾 政府の規制改革会議の答申を受け、今年の4月から患者申出療養が予定されています(表)。最初、選択療養制度として提案されましたが、患者の会などの強い反対のために修正されたものです。この制度について、政府は「困難な病気と闘う患者」を救うための制度としておこなうと説明しています。これまでの保険外併用療養費制度との違いは、短期間で対応を求めていることと、より多くの医療機関で実施予定になっていることです。薬事承認に向けた計画の作成が求められ、国が安全性・有効性を審議し倫理的な配慮もされる事になっています。しかし、これまでの制度で対象にならないような医療の安全性・有効性が数週間という短い審査期間で十分に議論できるのか不安が残ります。肺がん治療薬イレッサで起こったように、安全性が認められた後にも問題が生じることがあります。また、新しい治療薬は使われ方によっては予期しない問題を生じさせることがあります。医療は人命に直接関わる問題であり、慎重な姿勢での対応をお願いしたいと思います。
わが国の公的医療保険制度は、これまで比較的低コストで公平な医療給付を可能にしてきました。しかし、規制緩和・成長戦略のもとに主張される医療政策は、階層医療に繋がるとともに、医療保険制度の形骸化に発展する可能性があります。成長戦略の一環として打ち出された患者申出療養の運用のされ方にも、十分な注意が必要なのではないでしょうか。