11月号
日々の生活の延長上に文化がある
“美しさ” に包まれて 夙川千歳町の暮らし
日本酒とその背景にある文化・芸能を発信する白鷹禄水苑を総合プロデュースする辰馬朱滿子さんは、酒づくりのまち・夙川で生まれ育った。この界わいの歴史や魅力をお聞きした。
程よく保たれた自然と交通の便の良さ
夙川沿いは自然が程よく保たれ、土手の桜並木が綺麗で、私が育った頃とイメージはほとんど変わっていません。整備され過ぎることなく、今も昔も四季折々の自然を感じることができる、みんなの憩いの場です。
今住んでいる松下町では、夕方になると潮風の香りを感じることもあり、時には散歩がてら浜の方まで歩いて行くこともあります。生まれ育った私にとっては当たり前に思える環境ですが、しばしば小説の舞台にもなっているほどですから、他所から来られた方にとってはインパクトが強かったのでしょうね。
自然に溢れているのと同時に交通の便も良く、住むには最高の環境です。美術館や博物館が点在し、日々の生活の延長上に文化があるという趣は夙川独特のものだと思います。
地域と共に歩み、文化を応援した代々の蔵元たち
白鷹禄水苑は蔵元初代がこの場所に建てた旧宅の資料をもとに、典型的な阪神間の商家建築を再現した建物です。もとあった邸宅は、ほぼ全てが戦火で焼けてしまいましたが、残された写真や見取り図からイメージしました。全国の古民家から時間をかけて集めた木材を使い、一部分には残っていた建具を利用しています。焼け残った生活用品などを展示して当時の暮らしを再現しています。
私共をはじめ、それぞれ蔵元さんは長い歴史を地域の皆さんと共に歩んできました。個人として地域への愛着は深く、文化の応援者として何かやりたいという思いをもち、時代に応じた形で実行してきました。
私の父、白鷹四代の場合は、灘の酒にまつわる情報や背景にある文化を発信したいという意図をもって私財を投じ、この建物を造りました。直後に父は亡くなってしまいましたが、次の世代の者としてその思いを引き継ごうと試行錯誤しながら、さまざまな文化講座やイベントを開催しています。
西宮の酒づくりと文化。
二つを酒蔵から発信する
西宮は酒どころであると同時に、文化にもゆかりの深い土地柄です。二つのアイデンティティーを結びつける役割をしたいと考え、現在全12講座を開講しています。とはいえほとんど私の独断で決めているのですが(笑)。
近畿一円で能の舞台になった地を訪ねたり、世阿弥のゆかりの地を訪ねたり、阪神文学名作の舞台を歩いたり、小鼓教室等々、一般的な文化講座とはかなり趣向の違うものばかりです。もちろんお酒に関する講座もあります。契約農家さんにお伺いして酒米の田植えから稲刈り、酒蔵見学や座学も含め、1年を通じて日本酒を学んでいただく講座も、今年で13年目です。「レディースSakeサロン」は女性を対象に、日常生活に気軽に日本酒を取り入れていただこうというもの。日本料理だけでなくフレンチやイタリアンの地元人気店のご協力を得て、旬の食材と季節ごとの禄水苑限定日本酒の組み合わせで楽しく開催しています。
伝統芸能にもゆかりの深い西宮
西宮えびす神社の門前町は、文楽の源流である人形あやつりの「傀儡師」発祥の地として知られています。えびす信仰を広めるため全国を回った大道芸人で、次第に人気を博してくると、三味線や語りを付ける人形浄瑠璃へと発展し、淡路島に渡り、時代を経て大阪に文楽座ができます。
こういった歴史的背景があり、今でも伝統芸能に関わる方が夙川近辺にも多く住んでおられます。やはり環境の良さと住みやすさがあるのでしょうね。今年で開催9回目になる「酒屋万来文楽」は、地元に住んでおられた人形浄瑠璃文楽の人形遣いで、人間国宝の故吉田文雀さんにご相談したところ、お弟子さんや太夫、三味線にも声をかけていただき始めることができました。
禄水苑15周年記念
居囃子の会「道成寺」
西宮在住の能楽師の方々を中心にご協力いただき、毎年開催している「酒都で聴く居囃子の会」も11回目です。小さなホールですから、舞の披露はできませんが、囃子と謡の部分で能独特のリズムや音楽性、言葉の美しさを皆さんに間近に体験いただこうという会です。今年は禄水苑15周年を記念して大曲「道成寺」を取り上げます。能楽堂以外で演じるなどあり得ないといわれる大曲の中でも、小鼓とシテの間合いと呼吸だけで演じる「乱拍子」は聴きどころです。演者から「ぜひに」と申し出ていただき、今回は実際に、シテが乱拍子を踏み、小鼓との掛け合いでご披露いただきます。他に、人間国宝の大槻文蔵さんにご指導いただき実現した、道成寺の古作といわれる「鐘巻」の一部の上演も、一つの眼目です。
西宮内外、そして海外への発信拠点にも
多くの方々から支援いただきながら15年間、禄水苑のプロデュースを続けてくることができました。今後も常に新鮮な気持ちで継続し、日本独自の文化とともに発展してきた日本酒の奥深さ、美味しさ、楽しさを伝えていきます。
最近は外国の方にも興味をもっていただいていると肌で感じています。幸い、父が発信拠点として残してくれたこの建物自体に興味をもっていただける趣があります。まずは日本在住の方から次第に海外へと地道に発信していこうと思っています。
辰馬 朱滿子 さん
白鷹株式会社 取締役副社長
禄水苑 総合プロデューサー