9月号
高齢化社会のくらしを考える
垂水区から全国に広がる地域ケアの輪!
2000年に介護保険制度が成立したものの、高齢者の「くらし」を支えながらの医療は問題が山積している。そんな中、垂水区での地域ケア・職種連携への取り組みが脚光を浴びている。そのきっかけをつくった医師・中村治正先生にお話を伺った。
有志の集いからスタート
医療費削減の流れの中で早期退院が求められる昨今、在宅療養は地域の大きな課題になっている。2000年に介護保険制度が始まり地域包括ケアシステムの整備も進められているが、在宅医療をサポートするには地域で医療や介護・福祉などさまざまな専門家の連携が不可欠である。
垂水区で地域医療を支えるなかむらクリニック・中村治正先生は「紙切れ1枚の行き来だけになっていないか?関わるそれぞれの職種をお互いが理解し、繋がりをつくることで、より良い地域での支援体制を患者家族に提供できるのではないか」と、病院、クリニックの医師、看護師、歯科医師、薬剤師、ケアマネジャーなど10数名に声をかけ、2009年3月にスタートしたのが多職種連携の会、神戸西医療・介護地域ケアネットワークだ。通称は「エナガの会」。助け合って子育てや巣作りをおこなうことから「ヘルパーバード」ともよばれている野鳥、エナガに、皆が助け合う気持ちを重ね合わせている。
エナガの会は手始めに、毎月の勉強会を開催。在宅での医療や介護に関わる様々な問題に関し、各領域のトピックスの紹介や事例毎の検討、意見交換を行った。回を重ねるごとに参加メンバーも増え、それぞれの職種の業務内容や考え方、視点、持っている情報などを共有することで、「くらしを支える医療を」という理念のもと職種や所属の壁を越えて理解交流が深まり、課題解決への意欲も高まってきた。
医師会などとの連携で加速
翌2010年には垂水区医師会が中心となり、行政を加えた関係職種と共に「垂水在宅医療介護福祉連携委員会」を結成。その後この委員会とエナガの会は協働して関係職種のスキルアップ研修や、多職種でのグループワークによる具体的事例への対応強化、認知症ケアに携わる多職種の協働研修、在宅を担う薬剤師の養成研修協力などの事業を幅広く行っており、顔の見える連携と共に公的な仕組み作りにも反映させるための現場での多職種の意見を吸い上げる貴重な場となっている。
演劇を通じてより理解を
活動が拡大するとともに、市民への発信という新たな課題が浮上してきた。これまでは市民フォーラムの中で従来型の講演を行っていたが、よりわかりやすく伝えるためにと生まれたアイデアが演劇だ。
役者はもちろん、舞台道具製作や照明などの裏方、台本も自らの手で。演劇初心者ばかりだが全くのボランティアで使命感に燃え、毎週稽古を繰り返した。配役は、基本的にメンバーがその職種それぞれの役割を演じる。
そうして生まれた初めての手作り劇が2013年2月の「裕次郎さんの退院─私たちが支えます」。演技指導を兼ねてお招きした長田区くじめ内科医院・久次米健市先生演じる「石ヶ原裕次郎」をモデルに、脳卒中で緊急入院した「裕次郎さん」が早期の退院を迫られるシーンから始まる。そこへ“私たちが支えます”と色々な人が現われてそれぞれの職種の役割を分かりやすく劇を通して伝え、在宅医療や介護保険の仕組みを演劇で表現した。
劇後に行ったアンケートでは、会場の参加者の理解度は以前に比べ飛躍的に向上し、確かな手ごたえを感じた。その後色々なテーマにフォーカスを当てたこの市民フォーラムでの多職種による劇は、毎年恒例の垂水での一大イベントとなっている。「介護予防」、さらには認知症の方々をサポートする地域のシステムを裕次郎さんが学んでいく「裕次郎さん 認知症サポーターになる!」は神戸市主催の市民フォーラムでも上演され、当時の垂水区竹田区長も認知症高齢者役を熱演した。
これらのシリーズはテレビ、新聞、ラジオなどでも紹介され会場はいつも超満員。さらに昨年は本物の消防士や葬儀社の方にも出演頂き「看取りと終活」に挑戦した。超高齢化社会でのデリケートな問題も「みんなで考える」をコンセプトに演じ、時にアドリブ、「笑い」を交えながら、大切なことをわかりやすくメッセージとして伝えた。最近では他の職種団体や地域医師会などからも、こうした市民啓蒙の劇作りのノーハウに関する問い合わせや指導のオファーも相次いでいる。
そして何より「メンバーは稽古などで何度も会い、ひとつの目的に向かう。その絆が大きな地域での財産になっています」と中村先生。「私達が支えます」を劇団の合言葉に、5回目となる今年は、神戸市の委託を受けてこの4月に設立された「神戸市医師会垂水区医療介護連携支援センター」事業の一環として、高齢者施設をテーマに19職種70名による「裕次郎さんの施設見学~終の棲家を考えよう、もっと、ずっと、大切な暮らしを続けるために~」を9月22日(祝・木)に開催される市民フォーラムで上演予定だ。
中村 治正(なかむら はるまさ)
1953年、長崎県生まれ。1994年、神戸市垂水区で妻(小児科)と共になかむらクリニックを開業。神戸西医療介護地域ケアネットワーク(エナガの会)代表、垂水区医師会副会長、神戸市医師会介護保険・在宅ケア委員会担当理事を務める。趣味は旅行とカメラ、“自称”動物カメラマン。最近はウガンダ・ルワンダのゴリラ、手塚治虫「火の鳥」のモデルになったコスタリカの鳥“ケツァール”などを撮影