7月号
「集中力の大切さ」 千 宗室 <茶道裏千家 家元>
茶道裏千家 家元 千 宗室 さん
経済人や文化人などと裏千家家元との交流の会
「神戸今日会(こんにちかい)」が、
60歳の誕生日を迎える千宗室さんのお祝いを兼ねて、
5月25日に神戸倶楽部で開かれた。
お茶会に続く講演会では、幅広い分野での高い見識をもつ
家元ならではのお話に、参加者は熱心に耳を傾けた。
基本を身に付けたら、次は工夫
神戸今日会(角南会長)は毎回、いろいろな会場で開いていただき楽しみにしています。神戸ポートピアホテル、北野クラブ・ソラ…。私の記憶では今回の神戸倶楽部は二度目ではないでしょうか?今回、場所をどこにするかを考え、釜を懸ける先生方には会場に合わせて設えしていただき、皆さん相談しながら工夫する勉強もされているようです。とても素敵なことだと思っています。
茶の湯といえば趣味の世界と言われます。とりあえず簡単にお茶を点ててお客様に差し上げられればというところから始まりますが、それで全てだと思われるのではないでしょうか?もちろん基本は、お茶を一服楽しく召し上がっていただくことです。この基本が身に付いた後、「あそび」の部分を入れていきます。ここでお洒落に例えてみましょう。今日は皆さん、男性はジャケットにシャツ、パンツ…ネクタイを締めたり、クールビズであったり、基本はスーツですね。茶の湯でいえば、お茶を美味しく召し上がっていただく基本の部分に当たり、これができたら次はコーディネート。スーツでいえば、ネクタイの色や柄、シャツの色、フラワーホールの使い方、靴や靴下の色、ベルトはどうするか、サスペンダーを付けるか、カフスをどうするか、タイバーやタイピン等々、このコーディネートがお洒落であり、毎日社会で戦う男性にとってのちょっとした憂さ晴らしにもなります。それが工夫する楽しみです。
工夫は、基本の上に経験が作用して生まれる
今日のお菓子には、神戸凮月堂の「坐薔薇(スワローズ)」をいただきました。白あんの中にヤクルトが入っている、一般的な和菓子では考えられない取り合わせのお菓子です。阿部さん(兵庫ヤクルト販売㈱阿部泰久社長)が以前、湊川神社で茶席を設えるに当たって下村さん(㈱神戸凮月堂下村治生社長)と相談して「坐薔薇」を工夫されました。これも阿部さんが何度も客として茶席を経験されたことの延長線上にあります。基本の上に、経験がうまく作用し、下村さんとのコラボレーションという形で実を結びました。
このお菓子をいただき、前回の湊川神社のお茶席でいただいた時より粘りを感じました。下村さんにお話ししたところ、次は「クランキー坐薔薇を作ってみます」と…。こんな冗談からも何かが生まれるものなんです。
工夫には集中力が必要
私たちは今、情報化社会や人工知能等々…昔、鉄腕アトムや映画の世界で見た未来社会の一部分を担い始めています。しかし、スマホやパソコンなどさまざまなツールを使いこなし高度情報化社会を生きる私たちには〝錯覚〟もあります。実は人間の質は確実に低下しているのです。
今日ここに来るまで、私は新幹線の中でちょっとした原稿を書きメールでパソコンに送りました。とても簡単にでき、修正も容易です。15年位前ですと、万年筆片手に原稿用紙に向かっていました。ほとんど最後まで書き終えたのに全体の流れが気にくわなくなると、グチャグチャっとして捨てることになりますから、一心不乱に集中していました。各種ツールを使いこなしている今、たとえ内容の良いものが書けたとしても、その頃の自分と今の私とを比べたら、きちんとした文章を書き連ねていく能力は格段に落ちていると思っています。高度になった情報化社会に携わる私自身は、高度にはなっていないのです。
世の中が便利になっていくにつれて、私たちは工夫しなくなっています。工夫することは楽しいことですが、集中力が必要です。集中してこそ、そこに何を付け加えたらよいのかが分かってきます。
一日のどこかで、グッと集中する時間をつくりましょう
植木屋さんが茶の間の縁側に腰かけて一日中キセルをふかしているのを見て、子ども心に私は「ええ商売やなー」と思っていました(笑)。おやじさんはたまに庭に下りて、どこか一枝を切り、また縁側に戻って来ます。「これが仕事や。よお見とかんと、ちょっとでも気抜いたら庭はすぐ変わるからな」と言っていました。日差しの変化を見ていたんですね。葉っぱ一枚、枝一本で庭は変わる。1カ所が弱くなると庭全体の調子が変わり、1カ所が強くなり過ぎると他が全部貧相になってしまう。この歳になってようやく分かってきました。今の時代、こんな〝悠久の時間を過ごす〟仕事を復活させていては、世界の動きに取り残されてしまいます。ただし、そういう仕事に携わる人たちが世の中の歯止めとして必要なんだと思います。
矢継ぎ早に何でもこなすのも能力です。しかし、ドンと構えて何が必要なのかを集中して見ることも大切です。皆さんも、ご自身の仕事や一日の生活の中でグッと集中して何かを観察し、そこから何かを学び工夫に変えていく時間を取ってみてください。
5月25日、「神戸今日会」での講演より。
神戸倶楽部にて。
千 宗室(せん そうしつ)
京都府出身。同志社大学卒業。臨済宗大徳寺派管長・僧堂師家 中村祖順老師のもとで参禅得度。祖順老師没後、妙心寺 盛永宗興老師のもとで参禅。平成14年、裏千家16代家元継承