11月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第41回〜
〜第41回〜「シュヴァルツシルトの特異解」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、
人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
前回は、一般相対性理論の帰結として重力波が発生することと、その重力波の検出についてお話ししました。そのときは、太陽の数十倍のブラックホール同士が衝突した際に発生した重力波を検出した、と言いました。
では、ブラックホールとは?
今回はその話をしましょう。
ドイツのフランクフルト出身の物理学者カール=シュヴァルツシルトは、大学入学前の一六歳で最初の論文を出した神童で、二三歳で博士号を取得したあと、二八歳でゲッティンゲン大学の天文台長に就任し、三九歳でプロイセン科学アカデミーの会員となりました。しかし、間もなく四一歳を迎えようとした一九一四年に世界大戦が勃発し、彼は志願兵として参戦しました。物理学者であった彼は、その専門性を活かして、砲弾の弾道計算を行っていたそうです。しかし、一九一五年に自己免疫疾患に罹り、前線の病院に入院しました。
運命の一九一五年。この年は、アインシュタインが一般相対性理論を発表した年でした。入院して暇だったシュヴァルツシルトは、その論文を読み、アインシュタイン方程式を解いてみました。彼は、ある質量を持った物体が、電荷を持たず、回転もせず、そして宇宙定数もないとした場合に、周囲につくり出す重力場について、世界で初めて、厳密な解を導き出しました。一般相対性理論の発表からわずか一か月後のことだそうです。もし彼が戦場で戦っていたままだとしたら、これは解かれていなかったでしょう。もちろん、後には別の物理学者が解いていたことでしょうが。
翌一九一六年明けてすぐに、シュヴァルツシルトはこれを発表しました。しかし実に残念なことに、同年、彼はその疾患によって亡くなりました。
シュヴァルツシルトは亡くなってしまったものの、後世に驚くべきものを残しました。この解では、ある半径のところで、特異点を持つことになっていたのです。特異点とは、その法則や規則が成り立たない点のことですが、ここでは、各種の物理量が無限大に発散してしまう点です。これは数式上で議論しているうちは、単なる計算上のバグである気もしますが、これを現実の自然現象、物理学的な意味に捉えると、実に奇妙なことが起こるのです。
突然ですが、ここで、「脱出速度」なるものについて考えてみましょう。これは文字通り、ある天体から重力を振り切って脱出するのに必要な速度です。たとえば地球を離れてほかの天体の観測に行く探査機などを打ち上げるときに、どれくらいの速度で打ち上げれば、地球の重力を振り切れるか、ということです。これは割とかんたんに計算できます。地球の重力がつくる位置エネルギーを、その脱出したい物体の運動エネルギーが上回ればよいのです。地球の表面から脱出する場合には、地球の表面、すなわち地球の中心から地球の半径分のところの位置エネルギーを計算して、それを上回る運動エネルギーを持てばよいわけです。地球の半径をざっと六四〇〇キロメーターとすると、その脱出速度は、秒速一一キロメーターとなります。これ以上の速度を持てば、物体は地球から脱出できます。かなりの高速ですよね。だから打ち上げにはあの大がかりなロケットが必要となるのです。
地球には大きさがあります。しかし、理論計算する上では、たとえば、地球の大きさを無視して、地球の中心にすべての質量が集まっている、と考えることもできます。理想的な計算ではよくやる手法で、これを「質点」などと呼びます。みなさんが中学校で物理学の問題を解いたときには、物体の大きさを考えないことが多かったと思います。シュヴァルツシルトがアインシュタイン方程式を解いたときも、まずそれで計算してみたのです。今回も彼に倣って、同じように地球の質量が一点に集中していると考えてみましょう。そして、実際には地球の内部に相当するような、地球の中心にもっと近いところでの、脱出速度を考えてみましょう。現実の世界では地球の質量は一点に集まっているわけではなく、地球全体でこの重力をつくり出しているわけなので、「地球内部の脱出速度」なるものは意味がないわけですが、ここではあくまでも計算上の話です。これで計算していくと、ある場所でおかしなことが起こることがわかります。それは、地球の中心から八・九ミリメーターのところで、この脱出速度が光の速度を超えるのです。光の速度というのは、これまでもお話ししているように、「絶対に超えられない速度」です。ですから、これより内側では、そもそもこの脱出速度なる概念が存在し得ないことになります。言い換えれば、この内側からは、光でさえも脱出できず、もしそんなものを外側から見ることができれば、それは真っ暗な穴のように見えることでしょう。
さて、今回の前半の話と、後半の話が、ここでつながります。この、地球の質量で考えると八・九ミリメーター、ほかのどんな質量に対してもある値が計算できるこの「脱出速度が光の速度になってしまうところ」が、シュヴァルツシルトが発見した「ある半径」だったのです。これを、のちの物理学者たちは「シュヴァルツシルト半径」と呼びました。また、その半径より内側では何が起こっているのか確かめることができないことから、この半径の境界を、「事象の地平線」と呼びました。そして、米国の物理学者のジョン=アーチボルト=ウィーラーは、一九六七年に開かれた会議で耳にした、誰かが言った言葉を採用し、このシュヴァルツシルトの特異解をこう呼ぶことにしました。
「ブラックホール」と。
PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












