10月号

ひょうご神戸まちかど学だより|阪神間の風土と歴史『阪神地域学』講座|キセラ川西プラザ歴史サロン
川西市のキセラ川西プラザでは昨年度から兵庫神戸のヒストリアンこと田辺眞人先生を講師に招聘し、阪神間の風土と歴史ー阪神地域学ーをテーマにした月一回の歴史講座「キセラ川西プラザ歴史サロン」を開講している。半年で1期という構成で、昨年度は「とき」を、本年度は「ところ」を軸に風土や文化を考える講義を展開中だ。
8月18日は第3期の5回目として、阪神間の遺跡と先史時代にフォーカス。蒸し暑い中100名を超える受講生が耳を傾けた。
お話は先史時代の概要から。「史」は訓読みで「ふみ」、つまり先史時代とは文字で書かれた記録がまだない時代のことで、原史時代という過渡期を経て飛鳥時代あたりから歴史時代へと入っていくと解説し、その間の気候、道具、社会の変化などを通じ時代展開を紹介した。旧石器時代は人類史の90%以上の時間を占める。が、その後、氷河期が終わり水が増え日本が列島化していくとともに、食料となる植物や動物が多くなり余裕ができて道具が進化し、土器をもつ新石器時代となり、やがて農耕牧畜がはじまって金属器も登場、貧富の差・階級の別が生まれ小国家ができ、文字も得るという流れを踏まえ、話題は阪神間の遺跡へ。
「実は、阪神間東部は弥生時代より前の遺跡が少ないんです」と田辺先生。例えば尼崎の海岸線はその頃、現在の山手幹線あたりに位置し、やがて武庫川や猪名川の土砂が堆積して現在のような平地が形成された。そして阪神間を代表する遺跡として川西の加茂遺跡、尼崎の田能遺跡を挙げ、弥生時代にはこれらの遺跡のように平地に生活の痕跡があるというのが定説だったそうだ。
ところが昭和29年、芦屋の山手中学校の裏山から2世紀後半の土器が出土して発見された会下山遺跡により、倭国大乱と関係すると思われる高地性集落の存在が明らかになった。また、現在の阪急神戸線の北の緩傾斜地に古墳=塚がつくられ「塚口という地名はここからきているんです」という解説に会場から「なるほど」と感歎の声が漏れたが、このことは有力者の存在を示している。そして宝塚の安倉高塚古墳で見つかった銅鏡に卑弥呼の頃の朱鳥という中国の元号が刻まれていた。これらのことから弥生時代~古墳時代の阪神間には多くの小国が存在していたと考えられると論理的な考察を展開した。田辺先生はほかにも、いわゆる「明石(原)人」の骨を発見した直良信夫の逸話、神戸の桜ヶ丘遺跡から大量に出た青銅器の謎、日本人が羊をあまり食べない理由など興味深い話題も盛り込み、「涼しくなったらぜひ阪神間の遺跡を巡ってみてくださいね」とフィールドへ誘って講義を締めくくった。

考古学の分野に入る先史時代についてもわかりやすくレクチャーする田辺先生

気温30℃を超える暑い中、100名以上の受講者が熱心に耳を傾けた

10月27日からスタートの第4期は、受講者募集中。
詳しくはキセラ川西プラザ事務室(TEL/072-744-1515)まで

尼崎市の田能遺跡は弥生時代の集落跡で、現在その一部が史跡公園になっている
園田学園大学大学祭特別講演会
「豊臣兄弟」時代の城跡から─阪急神戸線に沿って─
講師 園田学園大学名誉教授 田辺眞人先生
日時 10月24日(土)10:30~12:00
会場 園田学園大学 4号館5階4501教室
大学へは阪急「塚口」駅から徒歩10分 バスの便あり
無料 一般参加歓迎・事前申込不要
問合せ 園田学園大学同窓会 けやき会 TEL/06-6429-1201
当日大学祭(けやき祭)もお楽しみください

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