4月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第34回〜
〜第34回〜「光速度不変」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、
人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
前回予告しました通り、今回からは、かのアルベルト=アインシュタインの業績とともに、重力について考えていきたいと思います。
アルベルト=アインシュタインは、ドイツ帝国のヴュルテンベルク王国のウルムにて、一八七九年三月一四日に生まれました。しかし翌年には一家は同じドイツ帝国のバイエルン王国のミュンヘンに引っ越したので、彼が育ったのはミュンヘンです。幼いころから自然科学に興味を持ちましたが、シャイで、あまり話さない子供だったそうです。一八九五年に、スイスの連邦工科大学(現在のチューリヒ工科大学)の入学試験を受けましたが、不合格でした。彼は語学が不得意で、のちに米国に亡命したあとでも、英語を話すのが苦手だったと言われています。しかし、物理学と数学だけが飛びぬけて高得点であったために、同校の校長の目にとまり、校長は、アインシュタインにアーラウ州立学校で学んでからうちに来るように、と指示しました。この英断は、アインシュタインだけでなく、われわれ人類をも救いました。偉大な物理学者の道を開いたからです。一八九六年、アインシュタインは連邦工科大学に入学し、一九九〇年に卒業しました。しかし大学の教員にはなれず、臨時教員や家庭教師などをして暮らしていました。一九〇一年にスイス国籍を取得し、翌一九〇二年にスイス特許庁に就職し、アインシュタインに転機が訪れました。この仕事は自由時間が多く、彼はここで物理学の研究を進めることができたのです。
一九〇五年は、「奇跡の年」と呼ばれます。この年アインシュタインは、四つの論文を発表します。それは、光電効果、ブラウン運動、特殊相対性理論、そして特殊相対性理論の帰結としての質量とエネルギーの等価性です。光電効果とは、物質が光を吸収してそれが電流に変わる現象で、つまり太陽光発電の原理です。そう言えばいかに偉大な論文かわかるでしょう。ブラウン運動とは、コロイドの運動のことです。コロイドとは、気体や液体の中に、別の微粒子が分散した状態で存在している状態のことで、「溶けている」とはまた別の状態です。身近な例では、牛乳がそうです。アインシュタインは一九二一年にノーベル物理学賞を受賞しますが、その受賞対象が、このうちの二つの論文、光電効果とブラウン運動の研究なのです。面白いことに、アインシュタインは、彼の業績の中でもっとも輝かしく、またこの連載の主役である相対性理論では、ノーベル賞を受賞していないのです。なぜそのようなことになったのかは、この連載で追い追い説明していきます。
この、スイス特許庁の三級技術職員が、仕事の合間に研究し、わずか二六歳で発表した偉大な理論、特殊相対性理論から、この連載は始めていきましょう。
巷でよく誤解されていることのひとつに、「光の速度が不変で、いかなる物体もそれを超えられないと言ったのはアインシュタインだ」というものがあります。これはたとえば「宇宙人が地球にやってきている」とかいう陰謀論者や、どうしてもSFのように宇宙を旅したい人には不都合なため、「アインシュタインは間違っている」などといって攻撃される対象となっています。かわいそうなアインシュタイン。しかし、「光速度不変」はアインシュタインが提唱したわけではなく、彼が特殊相対性理論を発表した段階ですでに観測事実として広く知られていたのです。
光速度不変に関するもっとも有名な実験は、マイケルソン・モーリーの実験です。これは、アルバート=マイケルソンとエドワード=モーリーによって一八八七年に行われた、光の速度の変化を測定する実験で、もともとはエーテルの存在を証明するためのものでした。エーテルとはなにか。当時、光は波であることが知られていました。波には、それを伝搬する媒質が必要です。たとえば水面の波の媒質は水です。音の媒質は空気です。では、光の媒質は?当時の物理学者はこれを「エーテル」と名づけ、たとえ宇宙空間がなにもない真空に見えようとも、実はエーテルで満たされているのだ、と考えました。このエーテルの中を光が伝搬するのだ、と。ところが、どうしてもエーテルなるものを発見することはできませんでした。そこで、こう考えます。波は媒質の中を伝搬するので、その媒質が動いていれば、波の伝搬速度も変わるはずだ、と。水が流れているときの水面の波の速さや、空気が流れているときの音の速さは、確かに変わります。では光の場合はというと、たとえばエーテルなるものが宇宙に満ちている場合、地球は太陽の周りを公転しながら自転しているので、一日の中の昼と夜、あるいは一年の中の夏と冬では、エーテルに対する速度が逆向きになりますから、その速度差を測定できるはずだ、というわけです。彼らはマイケルソン干渉計という装置をつくり、その速度差の測定を行いました。そしてその結論は──誤差の範囲内で速度差はなかったのです。その後、時代とともに装置の精度は上がり、きわめて高精度の測定ができるようになりましたが、現在に至るまで、この速度差はないことが証明されています。このことはエーテルの存在を否定しましたが、同時に、光は、それに向かっていくとき(たとえば夏)であろうと、それから遠ざかるとき(たとえば冬)であろうと、光に対する向きや速度に関係なく、どんなときでも光速度が一定であるという、「光速度不変」の原理を証明したのです。
特殊相対性理論は、この「光速度不変」がスタート地点となっています。アインシュタインは、光速度が不変なら、いったいなにが起こるのか、を考えました。

PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












