2024年
1月号
『運命』 1997年 キャンバスにアクリル 227.3×181.8cm 東京都現代美術館蔵

神戸で始まって 神戸で終る ㊸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人, 神戸

人間には宿命という、生まれながらに、その環境から逃れようとしても逃れることのできない、生まれつきの決定的な星のめぐりあわせというか、構造上そうならざるを得ないことがある。一切の現象はそうなるように予定されていて、思う通りに変えることができない。僕はそんな事情の元に生まれてきたと思います。
どういうことかといいますと、僕は生まれて間もなく、実の両親から離されて、横尾家に養子となって貰われてきました。僕がそうしたくなったわけではなく、僕の意志はどこにも存在していません。如何なる理由があって、実の親から切り離されたのか、全く知らないままに、育ての親になる横尾家の老夫婦の家庭に移され、そこで育てられたのです。
宿命論的には、そうならざるを得なかったのです。滅多にあることではないのですが、そんな宿命の元に生まれてきたのですから、そうせざるを得なかったのです。なぜそうなったのか、僕にはわかりません。養子に入った横尾家の老夫婦は、そのまま僕の両親としてというか、その両親の元で生まれたと思っていました。何の疑問も不思議もありません。
ところが、その後の僕の人生の根元には、この宿命的な事情が終始つきまとっていたのです。物心がつくと同時に様々なできごとが僕に降りかかってきました。それを運命と呼びます。運命とは?一体如何なるものでしょうか。僕は生まれて間もない頃から、絵を描くことに興味を持ちました。老夫婦の元には子どもがなかったので、そこに貰われた僕はひとりっ子として育てられました。そのひとりっ子の僕は、なぜか絵に興味を持ち始めたのです。その理由は僕にも誰にもわかりません。わからないまま絵を描く子どもとして成長していきました。
絵を描くということが、僕にとっての最初の運命だったのです。僕は何の疑問もなく、運命に従って絵を描いてきました。別に絵を描くことに逆らってもよかったのですが、僕の運命はそれを受け入れました。運命とは受け入れるか逆らうかの二者択一を迫ってきます。物心がつくかつかない僕には、運命の定めなど無関係です。ただそうしたかったから、そうすることに従っただけです。自分の意志というより超越的な何かによって、そうなるように定められているのが、どうも運命であるらしいのです。ごじゃごじゃ言わないで一発で結論を出すと、あれもこれも数奇な出来事と言ってしまえばいいんじゃないかな、と思うしかないのです。
僕の最初の運命の出会いが絵だったこと、それが生涯を決定するだろうというようなことは何ひとつ予知できませんが、今、その最初の運命の出会いが、ひとりの人間の一生を決定づけていたということになります。ということは、知らず知らずのうちに幼い僕の魂が運命を受け入れるという選択をしてしまったということになります。
宿命も運命もすべての人間に宿っています。宿命を変えることはできません。なるようにしかならない故に宿命なのです。しかし運命には自由意志が与えられています。運命を受け入れるのも、運命に逆らうのもその人間の思い通りの意志が決定します。ここで僕は自分にとっての運命との付き合い方について話してみようと思います。
僕は生まれながらに運命に従わざるを得なかった境遇に生まれてしまったのです。僕の生の出発点が、すでに運命に従わざるを得ない境遇だったのです。だからというか、その後の様々な運命との出会いに対して、初心貫徹ではないが、僕に襲いかかってくる全ての運命は、全て受け入れましょう。そうすることが僕の運命パターンだからです。
これが僕の基本的な生き方です。一般的には運命に従う生き方を恐れ、怖がる人は多いと思います。何が起こるかわからないからです。ところが僕はなぜか、何が起こるかわからないことに、非常に興味と関心と期待があるのです。予定調和の決まったことには、僕は全く関心が持てないのです。だからもし、自分が運命に逆らって、思い通りに目的と計画を立てて何かを行うとなると、こんなつまらないことはないのです。何が起こるかわからない未知に対してしか、生のエネルギーは機能しないのです。
結論から言ってしまえば、僕の人生は無目的ということになるかもしれません。目的に従って生きる生き方など、何の魅力も価値もないのです。だけど大半が僕の生き方と反対の人が多いのです。たいていの人は、自らに襲ってきた運命に従って、自分の意志を通そうとします。その意志の働きは一種のエゴイズムです。宇宙の意志は決してエゴイズムに味方しません。そういう意味では、反宇宙的な人が如何に多いことでしょう。
しかし、大衆の無意識は実は反宇宙的なのです。ここに、物を作る送り手と受け手の間に大きいズレがあるのです。そのズレをコントロールするのがクリエイトです。だけどクリエイトの核には遊びが必要です。ところが、この遊びを目的化する人間が実に多いのです。遊びには目的はありません。僕が創造の核にインファンテリズム(幼児性)を重視するのは、子どもは遊びそのものだからです。現在のクリエイターで、真の遊びの意味を体現する人間は実に少数です。何故なら無分別の重要性を知らないからです。分別は知性ではないのです。無分別こそ、宇宙的知性です。別の言い方をすれば、霊性です。霊性は知性と対立する概念です。霊性を得たいと思うなら知性を排除する必要があります。だけど現代の芸術は、知性尊重主義です。近い将来、それほど遠くない時期に、この知性は崩落するでしょう。
ぼくはヘレン・ケラー女史と同じ6月27日に父の弟夫婦の間に生まれて、横尾家に養子として迎えられた。養父母はぼくを橋の下で拾ってきたと言った。小さい頃から星空を仰ぎながらぼくはぼくの運命についていつも空想していた。そして星のように点滅するホタルに自分を譬えた。見えない守護霊と子の歳のネズミがぼくの長い航海の伴侶であることをぼくは知っている。

2001年 キャンバスにアクリル 227.3×181.9cm 東京都現代美術館蔵

『運命』 1997年 キャンバスにアクリル 227.3×181.8cm 東京都現代美術館蔵

撮影:山田 ミユキ

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。
2023年文化功労者に選ばれる。

横尾忠則現代美術館
https://ytmoca.jp/

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2024年1月号〉
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
アレックス|トータルビューティーサロン[KOBECCO Selection]
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection インスタグ…
KOBECCO お店訪問|KOBE KITANO TERRASSE(神⼾北野テラ…
KOBECCO お店訪問|RIO’S KITCHEN
Movie and CARS|アウディTTクーペ 1.8クワトロ
竹中大工道具館 邂逅―時空を超えて|第四回|立体幾何学としての大工技術 ―規矩術…
神戸で始まって 神戸で終る ㊸
風に吹かれた手紙のように|松本 隆|Vol.13(最終回)
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.38 俳優、歌…
好(ハオ)!みんなで盛り上がろう。南京町春節祭
春節を中華料理で祝う ―扉―
作家デビュー 15周年で切り開いた 〝イヤミスの女王〟の新境地 | 作家 湊 …
映画をかんがえる | vol.34 | 井筒 和幸
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第7回〜
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
ガゼボ|インテリアショップ[KOBECCO Selection]
亀井堂総本店|瓦せんべい[KOBECCO Selection]
STUDIO KIICHI|革小物[KOBECCO Selection]
マイスター大学堂|メガネ[KOBECCO Selection]
ブティック セリザワ|婦人服[KOBECCO Selection]
御菓子司 常盤堂|和菓子[KOBECCO Selection]
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
ボックサン|神戸洋藝菓子[KOBECCO Selection]
L’AVENUE|パティスリー[KOBECCO Selection]
マキシン|帽子専門店[KOBECCO Selection]
㊎柴田音吉洋服店|ハンドメイド ビスポークテーラー[KOBECCO Select…
トアロードデリカテッセン|デリカ[KOBECCO Selection]
ゴンチャロフ製菓|洋菓子[KOBECCO Selection]
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection]
新春インタビュー | 市民や団体、企業、行政が連携し、 地域協働でつくり上げる持…
「神戸、未来に輝く光」をテーマに、第29回神戸ルミナリエ開催
名靴図鑑 生涯愛せる靴|ビスポークブランド SPIGOLA|007 インディ ビ…
未来を駆ける神戸の新風 VOL.8|不易流行の 酒造り伝統×新たな価値 創出への…
ハンドメイドに特化したビスポーク・テーラーのグループ International…
ビアンヴニュ・大下さんと歩く KOBECCO パンさんぽ|Vol. 12 グリュ…
早逝の女流作家 久坂葉子はとまらない|vol.6 イジワルな海賊たち
ビフテキのカワムラで 〝本物〟の神戸ビーフを心ゆくまで
KOBE FASHION ORGANIZATION
KOBE FASHION ORGANIZATION
HYOGO産を世界に発信するPROJECT神戸靴×皮革・神戸洋家具×皮革×播州織…
2024 神戸ガレット・デ・ロワ みんなのガレット博覧会 1月12日~15日、神…
長田区新湊川公園でアーバンファーム!!|Ujamaa(ウジャマー)菜園
あいまのりすと ~タイムリミット1時間の小散歩~ Vol.1
ロック・フィールドが オンラインショップ 期間限定の定期便
The Experience~未来へ紡ぐ体験を~
春節を中華料理で祝う|劉家荘(りゅうかそう)
春節を中華料理で祝う|元祖ぎょうざ苑
春節を中華料理で祝う|東天閣 神戸本店
春節を中華料理で祝う|三宮一貫楼 元町北店
春節を中華料理で祝う|健民ダイニング
春節を中華料理で祝う|飲茶cafe&創作中華バル うめ皇蘭
春節を中華料理で祝う|香港海鮮料理 和 (Kazu)
春節を中華料理で祝う|中華CHI・i・NA(チィナ)
春節を中華料理で祝う|神戸壺中天(こちゅうてん)
春節を中華料理で祝う|小宇宙食堂(しょううちゅうしょくどう)
新春インタビュー | 県民の 安心と健康を 守るために
神大病院の魅力はココだ!Vol.27神戸大学医学部附属病院 放射線腫瘍科 佐々木…
出会いと学びの旅から Vol.01
神戸のカクシボタン 第121回 経験を活かし関西のメディアを席巻⁉ 書いて話せる…
連載コラム 「球友再会」 |Vol.9
ベトナム元気X躍動するアジア 第1回|ベトナム国産EVバスとタクシー
兵庫津ミュージアム グランドオープン1周年記念
KOBECCOオススメ 〜CINEMA〜
連載エッセイ/喫茶店の書斎から92 繋がった!
有馬温泉歴史人物帖 〜其の拾〜 鍋屋多右衛門(なべやたえもん)1778~1847…
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~㊺前編 田辺聖子