8月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.12
神戸大学医学部附属病院 病理診断科 伊藤 智雄先生に聞きました。
前シリーズで、患者さんと顔を合わせることなく縁の下で治療を支えている「病理」という分野についてお話しいただいた伊藤智雄先生。デジタル化が進み、医療機器の進化も著しい現在の「病理」を伺いたく、病理診断科を訪ねました。
―「病理学」とは?
「物(もの)」の「理(ことわり)」、つまりどのようにして成り立っているのかをミクロ・マクロの見地から研究するのが「物理学」、「物(もの)」を「病気」に置き換え、病気の成り立ちを研究するのが「病理学」です。
顕微鏡が出現してからは、診断にさらに大きな役割を果たしてきました。顕微鏡像は病気によってそれぞれに違うということが分かり、顕微鏡で見るとどの病気なのかが判別できるようになりました。それまでは症状を見て診断するしかなかったものが、顕微鏡像が診断に応用できるようになり病理診断が始まりました。そこに遺伝子やたんぱく質の解析などさまざまな要素が加わって発展してきたのが現代の病理診断です。
―病院内での病理診断科の役割は?
検査や治療では体の一部分の病変を切りとり、顕微鏡等で観察して、確定診断をつけるのが病理診断科です。患者さんと直接お会いすることはほとんどないのが病理医です。
―確定診断とは。
診断には臨床診断と病理診断の二つがあります。
臨床診断とはさまざまな画像などを基に外科や内科など臨床の先生方がつける診断。病理診断科が顕微鏡で検体を見て判断するのが病理診断です。特に腫瘍の診断は、病理診断が最終的な確定診断になることがほとんどです。それを基に治療方針が決定されます。
―治療の根幹を担っているのですね。なぜ確定診断をした病理の先生が患者さんに直接説明をしないのですか。
検体から得られるさまざまな情報と確定診断を主治医に報告することが私たちの使命です。
これが「Doctor of Doctors」と呼ばれるゆえんです。患者さんに適切な治療を行うことが病院の使命ですから「縁の下の力持ち」は、そこに徹しています(笑)。
主治医を通して「病理の結果を詳しく知りたい」という患者さんからの要望を受けた場合は、直接お話をすることもありますが、専門的な話ですからどうしても難しくなってしまいます。また患者さんは一人一人、違った背景を持っておられますから、私たちから説明すると配慮を欠いてしまうかもしれません。全てを把握した上でお話ができる主治医の先生方が適役と私は考えています。
―2016年から続く、HANSHIN健康メッセでは実際に子ども達と接する体験型イベントを担当されています。病理医を目指す子どもが増えるといいですね。
主に小学生とご家族対象に、病理のことを知ってフレンドリーに感じてもらおうという趣旨で開催しています。「病理」を「料理」と間違えていたという話もあるぐらいですからね。でもすぐに病理医リクルートにはつながらないかな(笑)。私はつながらなくてもいいと思っています。
今の子どもたちは携帯電話やゲームなどの普及によって、バーチャルな世界にふれている時間ばかりが増えていると思います。実際に体験することで、サイエンスの世界に興味を持つきっかけになればいいなと思っています。これは病理だけでなく、これからの日本のためにも私たち科学者が果たすべきミッションの一つ。「サイエンスって、こんなに面白いよ」。それは私達が伝えなくてはね。今後も努力を惜しまずに続けていきたいと考えています。
―健康メッセでは新しい企画など考えておられますか。
残念ながらここ2年はコロナでオンライン開催しかできていません。とても人気だったのですが、子どもたちと直接交流できる機会が戻ってくるといいですね。身近なものでプレパラートづくりをして、病理医が使っているような精度の高い顕微鏡を使ったり、病理画像を最新の8K画面で見てもらえるといいなあ…。子どもたちの生き生きとした驚きの顔を見るのが今から楽しみです。
また日本病理学会では公開講座等は実施しているのですが、親子で楽しめるようなイベントはやっていません。そこで、情報発信委員会委員長を務めている私が中心になって、健康メッセのようなイベントを日本全体で毎年開催できるようにしたいと取り組みを始めています。
―顕微鏡像を見て、最近の病気の傾向について何か感じておられることはありますか。
膵がんをはじめ特定のがんが随分増えてきています。原因のひとつに高齢化社会ということがあるでしょうね。ウイルスなどには起因しない原因不明の肝炎も多いですね。薬剤性の肝疾患に近い例を見ることもあり、何か口にしたものが原因になっているのではないか、健康食品やサプリメントの過剰摂取は影響してはいないだろうかと懸念しています。
―健康食品やサプリはダメですか?!
全てがダメというわけではないのですが、特定の成分が凝縮されているのですから注意が必要です。何にでもすぐ手を出さずに、きちんとしたエビデンスがあるのか、有効なのかを慎重に判断してから使ってほしいと思います。何ごともほどほどが肝心ということです。
―病理診断学も日々、進歩しているのでしょうね。
顕微鏡のデジタル化も徐々に進み、モニターを使って複数の施設や先生方と顕微鏡像を共有できるようになりました。神戸大学が中心になって主要病院をネットワーク化する構想が進んでいます。病理医はそれぞれが得意分野を持っていますから、ネットワーク化が進めば、すぐに専門医の意見を聞き診断に役立てることができます。これからの病理診断に大きく寄与するものだと思っています。
AIが導入される可能性もありますが、病気を探す段階で補助にはなっても診断において病理医と置き換わるということはないでしょうね。私たち病理医がまだまだ経験を積み、患者さんにとっての最善の治療のために頑張らなくてはね。あくまでも、縁の下で(笑)。
神戸大学医学部附属病院 病理診断科 伊藤 智雄先生
伊藤先生にしつもん
Q.医学の道を志したのはなぜ?
A.小学生のとき、ブラックジャックを読んで医者になろうと決めました。ところが成績が思うようにあがらなくてね。高校生で諦めかけたとき、柳田邦男の『がん回廊の朝(あした)』という本を読んで衝撃を受け、「やっぱり医者になろう!」と、がぜん勉強を始めました。もう一つのきっかけが、子どものころ親から買ってもらった顕微鏡です。おもしろくて夢中になりました。この原体験が、子どもたちへの情報発信に力を入れようと思うようになっているのかもしれません。
Q.外科医志望からなぜ病理医に転向したのですか。
A.外科医になるために医学部に入りましたが、大学4年のとき、外科医になるには病理学の勉強が役に立つと考え、病理学教室に通い始めました。病理医の診断を基に周りの全てが動いていて、医療の中心になっていることを初めて知り、病理の魅力にすっかりとりつかれ、外科の先生に「病理に行きます」と報告しました。「裏切り者!」と言いながら、笑顔で「病理なら許す!よろしくお願いします」と言ってもらったことは一生忘れられない思い出です。
Q.子どもたちを楽しませるのが上手ですね。
A.そんな才能があるとは思ってもいなかったのですが、子どもが小さいころ、町内の夏祭りで盆踊りの司会をやったら大ウケ(笑)。自分の中の「おもしろいおじさん」が目覚めてしまい、今では子どもたちをワーワー喜ばせるのが大好きです。
日頃のリラックス法は?
A.家族の笑顔を見ながら家でリラックスすることかな。カメラやアウトドアなど多趣味なので一人で没頭することもあります。家族もそれを理解してくれていてありがたいなあと思っています。