2012年
2月号
宝永地震と慶長地震が同時に発生した場合の地震・津波のシミュレーションを行う

「京」の中に地球を作る

カテゴリ:, 神戸

東京大学 大学院情報学環
総合防災情報研究センター 特任助教
前田 拓人さん

―前田先生の今の所属は?
前田 2008年4月に、東大大学院に新たに文理融合の情報学環が設置されました。その中の総合防災情報研究センターに、地震研究所から時限付きで兼任することなった古村孝志教授とともに私も両方に所属することになりました。

―昨年3月の、東日本大震災時にはどちらに? 揺れを感じましたか。
前田 東大の地震研究所オフィスで、いつまでも終わらない、ゆったりとした大きな揺れを感じました。私は学生時代から長く仙台に居ましたので地震は何度か経験していますが、初めて感じる揺れでした。

―その後は、大変なことになりました。
前田 地震学者が想定もしていなかった地震でした。どんな地震だったのか、何故起きたのか、そしてどんな被害が出たのかなどを含めて広く研究をしなくてはいけません。今までよりも大きな地震が起きたということは、またあるかも知れないという将来の可能性についても考えなくてはいけません。これは全ての地震学者が、一から考え直さなくてはいけない事態だと思っています。

―東日本大震災の揺れの伝わり方には特徴がありましたか。
前田 地震は大きくなるにつれ、ゆったりと長い揺れになります。同程度のマグニチュード、例えばスマトラ沖地震、チリ地震などと比べると、揺れの大きさはそれほどではなかったかも知れませんが、非常に長く続き、揺すられ続けたことで液状化が起きたり、湾岸地区の被害を大きくしたという特徴がありました。長い揺れは遠くまで届きますから、皆さんが神戸でフワフワとした揺れを感じたように、体感する揺れは日本列島全体、地震計では世界中で感知され、揺れが地球全体を巡ったという状態だったのです。

―その後、大津波が襲いましたね。
前田 津波については、まず極端に大きかったということ。以前から、宮城県釜石市の沖合水深1000メートルにあるケーブル津波計で津波を観測していましたが、今回の地震で観測された津波高は7メートル。「意外と大したことはない」と思われるかもしれませんが、津波は陸地に近づくにつれて大きくなります。これまで観測したものは沖合で数センチレベルで、6メートルという規模の津波は全く見たことがなく、正直考えられないことでした。また今回の地震で動いた断層は非常に範囲が広く、揺れ始めた時から津波が始まってしまうというのも考えられないことでした。
 今まで何度か起きた宮城県沖地震では太平洋プレート下、数十キロあたりで断層が動いたと考えられます。ところが今回は、あまり動かないと言われていた日本海溝入り口でも同時に断層が動き、跳ね上がったと考えられ、大きく押し上げられた水が陸地に襲ってきてしまったのです。

―今回の研究で既に「京」は利用しているのですか。
前田 かつてないほど大きなコンピューター「京」には専用のチューニングが必要です。昨年4月から試験利用が開始され、準備を進めている段階です。地震の揺れのシミュレーションに関しては順調に進み、実際のシミュレーションができるようになりつつある段階まできています。ただし現在は、従来から使っていた海洋開発機構の「地球シミュレータ」での成果を使いながら、「京」に軸足を移しつつある状況ですので、「京」としての結果を出すにはもう少し時間が必要です。

―「京」はどのように実力を発揮できそうですか。
前田 地震をシミュレーションするには、コンピューターの中に仮想的な地球を作って、その中で揺れを起こして伝えるという再現をします。地球の中身の細かい情報を入れる必要があり、コンピューターの能力が高まるほどより精密な情報を入れて、より正確な揺れを再現できます。
 津波についてはそれほど大きなコンピューターは必要ないとされています。しかし、例えば今回のような三陸地方の複雑なリアス式海岸を津波が襲い、水が陸地を遡っていくというような複雑な状況を再現するにはやはり大きなコンピューターは必要です。津波は、地面の形によって変化しますから、それぞれの地域の状況も併せて詳細に再現することが不可欠です。地震、津波、地殻変動は複合災害ですから、シミュレーションも複合する新しい手法の開発も考えています。これは、「京」のような優れたコンピューターがあって初めて可能になることですので、大いに期待をしているところです。

―結果にはどういうことが期待できるのですか。
前田 起こった地震がどんなもので、どう揺れが伝わったのか詳細を知ることができること。そして、次に大きな地震が起きたら日本列島がどんな揺れに襲われるのかを計算機の中でシミュレーションすることで、この街でどんな揺れがどれくらいの長さで続くかなどが精密に分かり、それに対する防災対策が立てられます。

―この研究センターが「京」の国家戦略の「防災・減災」部門の中心ということですか。
前田 地震の揺れの伝わり方や津波のほか、例えば都市の建物の中を揺れがどう伝わるかなど広い範囲が含まれ、様々な分野が集まって複合的に研究を進めています。また台風や豪雨などの気象災害に関する研究をするグループもあります。当研究センターはこの戦略全体を統括している海洋研究開発機構に協力して、特に地震を担当し、私はこのプロジェクト専属で任命されています。

―では先生は当分、神戸ですか。
前田 普段は東大地震研究所で本来の地震の研究をしながら、「京」でのシミュレーションが必要な場合は神戸にやって来ます。

―地震研究は、前田少年の夢だったのですか。
前田 天文少年だった私は宇宙に興味があり、天文学科のある東北大学に入りました。当時の大学のシステムは入学後に、幅広く勉強してから専門を選ぶというものでした。私は天文学、地球科学、物理学など勉強するうちに、地球科学がおもしろくなりこの分野に進もうと決めました。大学4年、大学院修士課程2年、博士課程3年と東北で過ごすことになり、地震の怖さも身を持って体験しました。

―大きな地震を経験した神戸も、来るべき南海・東南海地震へ大きな不安を抱いています。今後も防災・減災のための確かな情報をよろしくお願いいたします。

宝永地震と慶長地震が同時に発生した場合の地震・津波のシミュレーションを行う

前田 拓人(まえだ たくと)

1977年東京都生まれ。東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター特任助教。東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程終了。博士(理学)。「京」コンピュータ等のスーパーコンピュータを用いた地震・津波の大規模シミュレーション研究に従事。

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