2012年
2月号

地球をシミュレーションする

カテゴリ:, 神戸

独立行政法人 海洋研究開発機構
地球シミュレータセンター長
渡邉 國彦さん

―横浜の海洋研究開発機構が神戸で活動を始めたのは、「京」の供用開始に向けてですか。
渡邉 HPCI(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング・インフラストラクチャ)第3分野の戦略プログラムについて、計算分野それぞれに強みがある地球シミュレータと「京」を連携させようというのが目的です。ベクトル型の地球シミュレータは流体系の計算が得意ですから、大気や海水の流れなどの計算に向いています。スカラー型の「京」は離散系の計算が得意ですから、粒子群が織りなす現象や、条件判断などの計算に向いています。創薬開発などには最適でしょう。私たちが担当する分野「防災・減災に資する地球変動予測」では、計算機を用いるのに、単なる東西の地理的役割分担ではなく、それぞれの向き不向きを考慮して分担しています。今、最も関心がある問題、津波とその破壊で言えば、津波の解析は地球シミュレータが、海岸を襲って物を破壊するシミュレーションは「京」が担当するといったことも考えられます。

―海洋研究開発機構の地球シミュレータセンターは本来、どういう研究をする機関なのですか。
渡邉 地球の温暖化の問題を解決するために、地球全体をシミュレーションする研究をサポートすることから始まりました。地球シミュレータを開発した三好甫先生は、地球全体を最低でも10㌔メートル単位で解析できなければ意味がないと考えていました。例えば、100㌔メートルに満たない生まれたての台風を数100㌔メートル単位で解析しても何も見えません。マッチ棒の長さを測るのに1メートル単位のメジャーで測るようなものです。地球シミュレータは、温暖化問題だけではなく、地震、台風など地球環境に関するあらゆる分野で活用されています。もちろん、産業分野にも開放していますので、神戸に本拠地を置く大手タイヤメーカーさんも、兵庫県内のスプリング8と地球シミュレータを活用して、高いグリップ性能と燃費の良さを併せ持つタイヤの開発に成功しています。

―神戸にサテライトができたということについてはどうお考えですか。
渡邉 実は海洋研究開発機構の船のほとんどは、神戸で造って頂きました。当機構の調査船などを担当する海洋工学センターにとって、神戸は故郷です。ところが今まで神戸には拠点がなく、今回は「京」に関連して海洋研究開発機構の神戸サテライトができたことを、機構の皆が喜んでいます。

―神戸の研究環境はどうですか。
渡邉 兵庫県と神戸市の研究に対するバックアップは非常に力強いものがあります。こんなに素晴らしい感覚を持った地方自治体は全国的にも珍しいと思います。県内にはスプリング8やE‐ディフェンスがあります。その熱心さがスパコン誘致にもつながったのでしょうね。「京」も今後はあらゆる場面で活躍すると思います。

―やはり今は防災・減災への利用に期待が大きいですね。
渡邉 関心が高い地震・津波の分野では、予報を出すことは法律上の規制がありますが、「もしもこんなことがあれば、こうなる」という情報は公開できます。恐れられている東南海・南海地震が起きた場合には、ひょっとしたら津波が襲ってくるかもしれません。これに対する心構え、防災の方法は発信できます。集中豪雨による増水への備えもできます。地球上では極端な現象が増えていることは確かです。何が原因かは分からなくても、市民生活にとってあり得るかもしれないことの情報は非常に重要です。「京」や地球シミュレータなどがネットワークを結んで発信していくことが大切です。計算科学は単に研究者のものではなく、人のために何かを発信していくものであるべきだと思っています。

―日本のシミュレーション技術そのもののレベルは高いのですか。
渡邉 戦後何もなかった時代を経験したので、日本はシミュレーションが得意です。戦後の日本は加速器、望遠鏡、飛行機、ロケット…、何も造れないところからスタートしました。1950年代後半になり、造れないのならコンピューターでやろうということになったのです。残念ながら学者先行型で始まりましたから、研究レベルでは先進国ながら、市場レベルでは後れをとっています。ハードウェアではアメリカと世界一を争いますが、産業用ソフトウェアでは完敗に近い状態です。そこを何とかしようというのが、分野4の「次世代ものづくり」なのです。

―さて、幅広い専門分野と経歴をお持ちの渡邉さんですが、昔から科学少年だったのですか。
渡邉 子どものころから物理には興味がありました。阪大の造船学科を受験したものの失敗。一浪して、高校時代の物理クラブの先輩の勧めで京大理学部に入りました。大学でお世話になった先生の勧めで、卒業後は名古屋大学の大学院に進みました。当時は理論物理学が専門でしたが、その後は主体性なく流れのままに任せ…、途中で会社経営までやっているんですよ(笑)。好奇心が旺盛なんです。

―一般企業対象に講演もされていますが、どんなお話を?
渡邉 環境とはどう考えるべきかをお話しています。環境破壊は鍵を壊すようなもの。見た目は何も変わらなくても生態系などに影響を与えています。時には、0・1度気温が上がっただけで、どこかに影響を与えます。光化学スモッグも窒素酸化物の規制で一時期減りましたが、今、再び増えてきています。これは、国外からの窒素酸化物の流入も一因ですが、VOC(揮発性有機化合物)も原因ではないかと言われています。一つ一つが基準内でも、重なれば環境に影響を与えます。作る人、使う人、皆が頑張らなくては、環境問題は解決しませんと、産業界のいろいろな分野でお話しています。

―経験や知識豊富な渡邉さんから、科学を志す若者へのアドバイスをお願いします。
渡邉 どんなところにも面白いことはあります。重要なのは面白いことを見つける力です。「自分で自分の幅を狭めるな!どうせ外から制限されるのだから、その中で存分に動き回れ」と、当センターでも「外へ出ることは大いに結構、又いつでも戻っておいで」と若い研究者たちには話しています。大きな枠を与えてあげることが人材育成だと思っています。

―最後に、地球シミュレータセンターが今後目指すところをお聞かせください。
渡邉 科学は夢を与えるという面もありますが、実際に人の役に立たなければ何の意味もないとも思います。皆さんの「明日は一体どうなるの?」という思いに応えられる情報発信をすることが非常に大事です。地球シミュレータセンターから、社会に役立つ情報をどんどん出していこうと思っています。海洋研究開発機構全体がその方向を目指して組織改革も始めています。情報発信には、国をはじめ地方自治体から提供していただく詳しいデータが必要ですから、今後は兵庫県・神戸市さんとも連携していきたいと考えています。

温暖化問題だけではなく、地震、台風など地球環境に関するあらゆる分野で活用される地球シミュレータ

2007年台風4号の雲の動きを再現
画像提供:地球シミュレータセンター 高橋桂子

2011年3月11日東北地方太平洋沖地震の地震動と津波の伝搬の再現シミュレーション
画像提供:東京大学大学院 情報学環総合防災情報研究センター 古村孝志教授・前田拓人特任助教

渡邉 國彦(わたなべ くにひこ)

(独)海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター センター長。1952年大阪生まれ。1976年京都大学理学部卒業、1981年名古屋大学大学院理学研究科修了、理学博士。UCLA助手、(有)サイエンスプロジェクト代表取締役、広島大学核融合理論研究センター助教授、核融合科学研究所教授を経て、現職。専門分野:シミュレーション科学。

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〈2012年2月号〉
フロントアート
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