9月号
神戸鉄人伝 第117回 未生流(庵家)家元・兵庫県いけばな協会会長 佐伯 一甫(さえき いっぽ)さん
剪画・文
とみさわかよの
その凛とした花形は、一度見たら忘れられません。あたかも一本の樹木のように見える、未生流(庵家)の格花。そこには代々受け継がれてきた、形にはまった美しさがあります。「昔は女性の9割がお花を習ったものですが、今はそうじゃない。いけばなという文化をいかに後世に伝えるか、大きな課題です」とおっしゃる十代家元・佐伯一甫さんにお話をうかがいました。
―まず、未生流の歴史を教えてください。
未生流の祖・未生斎一甫はいけばなを遊戯ではなく、「挿花を通じ悟りを開く」という精神的に極めて高い境地を目指すものとして体系化しました。直角二等辺三角形の明快な花型には、初代一甫の理論と哲学が込められています。初代は晩年二代を未生斎広甫に譲り、自らは未生庵と名乗りました。初代が没した後未生流は二代・未生斎広甫が継いだ未生流の斎家と、未生流(庵家)とに分かれ現代に至ります。庵家は創流から二百余年の歴史があり、私が十代目です。
―家元に生まれたとはいえ、跡を継ぐのに迷いはありませんでしたか?
幼稚園の頃、既に将来の夢は「いけばなの先生」だったようです。特に就職活動もしませんでしたし、当然継ぐものと思っていました。でも3人の娘には、継げと言っていません。親が子の他の可能性を奪ってはいけませんし、もし継ぐ気になったにしても、いろいろ人生経験を積んでからこの道に入る方がいいのではないかと。
―今年4月からは兵庫県いけばな協会の会長としての任も果たしておられます。
協会はいけばな文化の普及のために、様々な活動を展開しています。大丸神戸店での「いけばな神戸展」を始め県下でいけばな展を行ない、伝統的な挿花だけでなく様々な芸術ジャンルとのコラボなど、新たな方向も模索してきました。ぜひ展示会場で本物のいけばなに触れて、その魅力を感じていただきたいです。
―確かに、大きな会場に活けられた花の迫力には驚かされます。
いけばなってこんなこともできるのか、と思っていただければ嬉しいです。われわれ華道家は絶えず研鑽を積み、いけばなを発展させるべく努力しなくてはなりません。会派を超えた交流は、お互いに刺激があって勉強になります。実はこの度、様々な流派の志を同じくする華道家8名で、「八仙花」というグループを結成しました。9月21日に生田神社献華祭が開催されるのですが、21日と22日の協賛花展がグループ初の花展になります。
―新たなチャレンジですね。
こんなふうに若手が自分の意思で活動できるのは、いけばな界のよいところです。古典芸能や伝統文化は、ともすれば年配者が若手の意見を押さえてしまいがちですが、ある程度の自由はあった方がいいと思います。若手が新しい発想を持っても、それは過去を否定しているのではないのですから。
―いけばなとは何だとお考えですか。
私は、いけばなは「芸術」ではないと考えています。だから自分をアーティストとは思わない。いけばなは伝えていくもので、華道家は伝道師です。時代に合わせて変えていく能力も必要ですが、基本的には昔からあるものを伝えるのが役目。ただ伝えるための方法や組織運営などは、変わっていかざるを得ないと思います。
―いけばなを次世代に伝えるためには、何が必要でしょう。
まず、今いけばなをしている人たちが「いけばなっていいね!」と思うことです。私は子どもの指導もしていますが、お稽古が終わった時「楽しかった」と感じて欲しい。私も含め華道家が、いけばなは楽しいものだという原点を忘れないで活動することが、何より大事だと思います。
(2019年7月4日取材)
いけばなの普及に心を砕きながらも、朗らかな佐伯さんでした。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。