1月号
ファンタジー・ディレクター 小山 進の考えたこと Vol.9
儚さに宿る素晴らしき世界 wonderful world
ショコラの発想は、厨房で生まれるのではない。日常生活の中で生まれるものだ。アクティブに動くことがすべての原動力で、時に反省しその瞬間瞬間の自分のレベルを知ること、そして次にやるべきことを見つけること。それが僕のスタンダードだ。発想は最初、漠然と輪郭だけだが、毎日考えているといろいろなキーワードが出てくる。僕はそれを忘れないように全部書き留めているが、日々整理され、進化していく。それくらい真剣に何か月も考えてから試作に入るが、それまでに形はほぼ出来上がっている。
この連載の第一回で、2018年の「C.C.C.」に出展するショコラのテーマは「儚さ」になるかもしれないと綴った。それからまた発想が深まって最終的には「What A Wonderful World」となった。一瞬の香りは通り過ぎてしまえば消えてしまうし、気にしなければ何もなかったことと一緒だ。でもその香りを閉じ込めたいという思いや、気にする、つまり覗いて初めて見える世界(Wonderful World)を表現したいという思いからテーマを深掘りしたのだ。
インスピレーションを得たのは、カシスの新芽の香りから。ブルゴーニュのレストランで食べた料理のソースが、これまで体験したことのない香りがした。これは何か?と尋ねたら「カシスの新芽」という。次の日、畑でカシスの新芽を潰したら、グリーンの香気がありながらペッパーのような香りもして、でもカシスの果実の芳香もある不思議な香りに包まれた。よし、これでショコラを創ろう。そう決心したのだ。新芽にはカシスの生命力が凝縮されていて、そのポテンシャルがやがて果実になると考えた。そういう発想は、カシスの新芽との出会いという瞬間がなければ出てこない。
菊の花の香りもカシスの新芽とテンションが似ている。今回は台湾の高地に自生する野菊の花を選んだ。これはパッションフルーツのような香りがする。わずか5日間しか咲かない儚い花だが、一番香りが強いという3日目に摘み、その菊の葉も合わせて創り上げた。葉の苦みもアクセントになっている。
フレッシュな赤紫蘇も良い香りだが、生産地や生産者で香りが違う。たまたま付き合いのある生産者の赤紫蘇は本当に良い香りがしたのだけど、昨年の夏は猛暑の影響で全滅してしまったのだ。それでいろいろと探し、北海道の洞爺湖の近くで育ったものを試したらすごく近い香りがした。その「近い」をいかに「同じ」か、むしろそれ以上まで質を高められるか、そこが我々プロとしての腕の見せ所である。
カカオはもともと飲み物で、唐辛子を入れて飲んでいたという歴史がある。今回は「チレ・パッシージャ・オアハカ」というオアハカ村でつくられている唐辛子の燻製を使った。僕が気に入る香りを、市場のお店を70軒くらい回って見つけてきた。完熟した唐辛子を使っていることが前提で、乾き具合も手触りで確かめる。それだけのためにメキシコへ行ったのだが、ピンポイントを狙うと面白い。
今回も30種試作したが、以上の4種「野菊の香り」「赤紫蘇のプラリネ」「カシスの新芽~ロマネ・コンティ フィーヌ・ド・ブルゴーニュのアクセントで~」「オアハカ~香りと刺激の二重奏~」で出展し、8年連続で最高位「ゴールドタブレット」の評価をいただいた。
儚さに輝きを見る。それに気がついたことは幸運だし奇跡だ。こういう見方をすると、世界には素晴らしいものがまだまだいっぱいある~まさに素晴らしき世界(wonderful world)なのだ。
そして人間もまた儚いもの。僕にも寿命があるから、これからいつまでショコラを創り続けられるかわからない。だけど積み重ねてきた歳を経験値として、これまでとは違った目線でいろいろなものを見られるような大人になっていけば、若い子たちにもっといろいろなことを伝えられると思う。僕はショコラに、人生を重ね合わせている。
パティシエ ショコラティエ
小山 進
1964年京都生まれ。2003年兵庫県三田市に「パティシエ エス コヤマ」をオープン。「上質感のある普通味」を核にプロフェッショナルな味を展開し続けている。フランスの「C.C.C.」のコンクールでは、2011年の初出品以来、7年連続で最高位を獲得。2017年11月、開業14周年を迎えた日に、デコレーションケーキ専門店「夢先案内会社ファンタジー・ディレクター」をオープンした