11月号
人とつながりを持ち、自分で考える力を養う「人物教育」
旧制甲南中学校として開学した甲南学園は2019年4月、創立100周年を迎える。そして創立者平生先生の教育理念を基にして進んでいる甲南大学の新しい取り組みについて学長の長坂悦敬さんにお聞きした。
「正志く、強く、朗らかに」
―平生釟三郎先生への思いをお聞かせください。
平生先生は第1の人生で徹底的に学び、第2の人生で学びを生かして仕事に没頭し、第3の人生を社会奉仕に捧げます。第2の人生では、当時の東京海上保険に勤め、海外勤務でグローバルなセンスを磨き、大いに活躍されました。第3の人生での偉業は実業界で多くの実績があったからこそできたのではと思います。
―平生先生と神戸、そして教育との接点はどこにあったのでしょうか。
平生先生は、高等商業学校(現一橋大学)を卒業後、望まれて県立神戸商業高校の校長になりました。これが平生先生と神戸、また教育との最初の接点だったようです。以来、教育への情熱をずっと秘めつつ東京海上保険で活躍。専務取締役という激務の傍ら、甲南幼稚園、小学校、中学校をつくり、さらには甲南病院を創設、文部大臣にも親任されています。本当に素晴らしい方ですね。
―平生先生はたくさんの名言を残されていますが、一番大切にしておられるのは?
私は何といっても「正志く、強く、朗らかに」という言葉です。法律で正しいと決められていることをということではなく、自分が正しいと思うことを、パワーを見せつけるような強さではなく、しなやかに粘りのある強さをもって、しかも朗らかに行う。これを心がければ誰もが豊かな人生を送れるのではないでしょうか。しかし、このいつも「朗らかに」が、実に難しい(笑)。誰しも苦しいときは顔つきがきつくなりがちですからね。
ミディアムサイズだからこそできる全体教育
―「ミディアムサイズの総合大学」とはどういう意味でしょうか。
100周年を迎えるにあたって、本学の特色を改めて整理してみたところ、伝統がある、国際都市神戸にある、阪神間に多くの社長を輩出しているなど、いろいろ挙がりました。
規模について考えてみると、例えば関西の大手私大には3万人以上の学生数がいます。大きいということは素晴らしく、さらに拡張も可能でしょう。
一方、甲南大学は学生数約9千、いわゆる中規模大学です。東でいえば学習院大学と同じ規模ですが、文、法、経済、経営、理工など8学部あり、人文科学、社会科学、自然科学の3分野をカバーし、3分野とも博士課程まである大学院も有する総合大学です。この特色をシンプルに表現した言葉が「ミディアムサイズの総合大学」です。
中規模でこのような総合大学は西日本では他にありません。この特色をメッセージとして分かりやすく発信していきたいと思います。サイズを膨らませるのではなく、クオリティーを上げていく「ミディアムサイズの総合大学」だからこそできる全体教育、各学部に任せきりの「鉢植え」教育ではない、大学全体での「土壌」教育を目指そうとしています。
―「KONANプレミア・プロジェクト」が成果を挙げ、高い評価を受けていますね。
大学においても、ビジョンを掲げ、共有することが大事です。しかし、そのビジョン達成のための活動を具体的にどのように進めていくか。トップダウンで強制できるものでもありませんし、仮に強制したところで各自が積極的に取り組もうという気持ちにはなりにくいでしょう。そこで、甲南新世紀ビジョンに向けて、先生方の意志で、やるべきテーマを挙げてもらい、それらを束ねて全学で実行していく仕組みをつくりました。現在は、人材育成、グローバル、スポーツなど9つのテーマにグルーピングし、50以上のプロジェクトを推進しています。50人以上がプロジェクトリーダーとして活動しているわけです。それが今、本学の活性化に大きく貢献しています。
世界で学び、地域で学ぶ
―平生先生の理念の一つ「人物教育」をずっと重視されていますね。
人物教育では、共通教育が重要になります。いわゆる一般教養はもちろん大事ですが、まずは自分の人生をデザインしていく力を磨くことが大事です。
そして、グローバル力の育成も重要です。これは決して語学資格試験対策のような教育では身につきません。どんどん海外へ出ていき、そこで知恵と力を発揮する経験を積むことが必要です。本学では全学部の学生に海外留学を推奨しています。短期留学プログラムを10コース用意していますが、このプログラムでスイッチが入り中長期留学を目指す学生も多いんですよ。
学内では、海外からの留学生と本学の留学経験者をはじめ、学生が誰でも出入りして交流できるグローバルゾーンを設けています。先輩を見て「自分もあんなふうになりたい」とスイッチを入れる学生もいて、この素直さが甲南大生の良さの一つだと思います。
―地元の神戸市をはじめ、近隣地域との連携にも力を入れていますね。
地域について詳しく学ぶのは小学生の時だけではないでしょうか。せっかく神戸にいるのだから、大学生として神戸について学び、どんな良い所かその魅力を知れば、住み続けたい、そして、神戸の発展に貢献したいという気持ちが生まれます。このように地域に愛着が生まれれば、その地域の人口減を食い止めることにもつながります。
本学の人物教育の柱の一つが、地域連携教育です。在学生の地元にも目を向け、若者を一緒に育ててくださいとお願いして自治体と包括連携協定を結んでいます。神戸市だけでなく、加古川市、姫路市、堺市、和歌山市、三原市、徳島市など、実際に訪問し、地域課題について学びます。卒業してその地域で活躍してくれたら、地域活性化にもつながります。大学の役割として重要です。
無限の可能性を引き出す「結節点」iCommons
―100周年を記念して素晴らしい施設ができましたね。
「KONAN INFINITY COMMONS」通称iCommons。無限の可能性を引き出す「結節点」と位置付けています。航空写真で見ると、ちょうどキャンパス内で結節点に位置し、学生もまずここに行ってから各教室に向かうという場所です。1300席を有する学生食堂「Hirao Dining Hall」があります。これは、平生先生が、当時、学生と教員が一堂に会し昼ごはんを食べる食堂を作ったことに因んで名付けられたものです。茶室や歌舞伎・能楽練習場、多目的ホール、フィットネスルームなどもあります。文化部にもみんなの目に入る所へ出て活動してもらっています。
スポーツ・健康リテラシーも人物教育の柱の一つです。フィットネスルームやスタジオを作りました。「融合」の場。人が集まり、そこから新しい化学反応が起こることを期待しているところです。
―甲南大学のこれからの方向性は。
いつも少しゆとりをもって、ここぞという時はしっかり頑張る。それぞれの「幸せ感」をちゃんともっていて、品格があり、人や社会とのつながりを大切にする。そんな甲南の情緒を大事にしていきたいですね。AI、スマホの時代では、自分で考え突破する力を養う人物教育がますます大切になります。平生先生の教えを今に当てはめながら更に洗練された人物教育を進めていきます。「どんな雰囲気の大学か?」。ぜひ一度、iCommonsを訪ねてみてください。
甲南大学長
長坂 悦敬 (ながさか よしゆき)さん
1983年、大阪大学大学院工学研究科修了後、コマツ生産技術研究所に勤務。1987年~1989年、University of British Columbia客員研究員。1992年、博士<工学>(大阪大学)。1994年、大阪産業大学経営学部。2001年、甲南大学経営学部を経て、現在同教授。2014年8月より学長に就任。2017年より、一般社団法人大学コンソーシアムひょうご神戸理事長を務める