5月号
ノースウッズに魅せられて Vol. 34
おとなしいひと
木から木へと飛び移り、体の割に目立つ鉤爪でがっしりと幹を掴む。そして、やにわに頭を下にして逆さまになって幹を降りてきては、樹皮の間にくちばしを差し込んで餌を探す…そんな芸当ができるのはゴジュウカラだけだ。
ノースウッズのような北国では、水鳥に限らず多くの歌鳥たちが冬になると南へと渡る。しかし、ゴジュウカラやアメリカコガラといった、どちらかというと歌声の美しさでは地味な小鳥たちは、この地で長い冬を越す。スズメよりも小さな体でいったいどうやってマイナス40度にも下がる夜を明かすことができるのか。春になって彼らの姿を梢で見かけるたびに、その生命力のたくましさに驚かされる。
ゴジュウカラと聞いて真っ先に浮かぶ本がある。それは『デルスウ・ウザーラ 沿海州探検行』だ。著者であるアルセーニエフはロシアの探検家。極東シベリアの調査の途中で、デルスウと名乗る先住民の猟師と出会い、その卓越した野外生活技術と狩りの腕、鋭い観察眼に驚き、その後幾度も彼に探検の同行を依頼する。そして、本の最後で、デルスウの埋葬に立ち会ったアルセーニエフが、これまでの旅を回想していると、近くの小枝にゴジュウカラが留まる。その瞬間、デルスウがこの鳥を「おとなしいひと」と呼んでいたことを思い出し、深い悲しみに襲われるのである。
自然ととにも生きてきたデルスウにとって、人間と動物とは同じ地平に生きていた。動物だけでなく、水や火や風、そして機械さえも「ひと」と呼んだ。僕が森の奥へ長く出かけていくのは、そんな自然観を少しでも理解できるようになりたいからだ。
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で第40回土門拳賞受賞。写真家になった経緯とノースウッズへの初めての旅を描き、第7回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞したノンフィクション『そして、ぼくは旅に出た。』が文春文庫となって5月初旬に刊行予定。