10月号
連載 ミツバチの話 ③
ハチミツが取りもつ、
髙山英紀シェフとの縁
藤井内科クリニック 藤井 芳夫
私は垂水区で有料老人ホームの運営にも携わっているが、高齢者の楽しみは、食べることと、お風呂ではないかと当初は考えていた。しかし、実際にホームを運営すると食欲はそうであったが、お風呂はそうではなかった。ある入居者さんで風呂には絶対入らないと主張して、2年間も風呂に入らなかった方がいた。もちろん清拭はしていたが、頑として入浴には応じなかった。息子さん宅に外泊された時も入られなかったので施設としても困っていた。
ある時、その入居者さんが飲み物をこぼして自分の服を汚してしまった。職員がサッと機転を利かして風呂場に連れて行き、服を着替えると称して上手く入浴させることができた。その時は何の抵抗もなくすんなり入浴でき、以後は入浴に抵抗もなく入っていただいている。入浴を拒否され続ける入居者さんに対する成功例ともいえるが、なかなかそう上手くいくものではない。今では高齢者の楽しみのひとつはお風呂であるという思い込みは誤りであったと思っている。
しかし、食に関しては間違いではなかった。ホームの食事は決して悪くはないのだが、入居者さんも飽きてくるのか食が細くなることがある。当ホームでは月に一回、芦屋の有名レストランから髙山英紀シェフに来ていただいているが、普段、食が進まない方でもシェフが作ったスープやデザートは完食なのである。「これだ!」いくつになっても美味しいものは食べたいのである。私もシェフのスープは大好きであるが非日常である。しかし、髙山シェフの好意で食事があまり食べられなくなった入居者さんのため、また多少の嚥下障害があってもトロミ剤を使わずフランス料理の手法を生かしてスープやデザートを提供していただいている。
髙山シェフは目の前で食事をする高齢入居者にとってどの料理が食べやすいか、どの料理が好まれて食べられているのか、じっと観察されて改良すべき点を考察されている。「飲み込みが悪くなった方にも、少しでも美味しいものを味わっていただきたい」との趣意である。メニューとしてはカボチャのスープとかニンジン、カリフラワーポタージュやイチゴのスープもある。またデザートはマンゴー、ベリー、モモのムースがある。当ホーム自家製ハチミツを使ったフィナンシェやアイスクリーム、パンもある。ただほとんど食べられなくなった方は食べても50㎖から100㎖であるので、味をメインに考えて作られている。逆に50㎖だから手頃の価格で購入できる。私も試食してみたが、これは美味しい。しかし50㎖や100㎖では足らなかった。私たちは味わいたいと思うならシェフのレストランやブティックに出向くことができるが、入居者さんはまず不可能である。ホームへ出張してくださる髙山シェフに感謝である。
さて、なぜ髙山シェフが垂水の老人ホームにわざわざ来てくれることになったかは、ミツバチのおかげなのである。シェフのレストランは本誌9月号にも紹介されている。かつては、「メゾン・ド・ジル」という名前で、そこを任されていたのが髙山シェフである。今はレストランの名前は「メゾン・ド・タカ」(髙山のタカをとっている)となっているが、その繊細な料理に魅せられて何回か通ううちに親しくなり、ハチミツを2㎏贈呈した。すると美味しいフィナンシェになって返ってきた。採蜜のことをお話したら是非見たいということで、ホームの屋上まで来てくださった。採蜜についてはまた別の機会にご紹介するが、高齢者の食事に興味をもたれていたシェフとハチミツが縁で、以後月に一回来てくださっている。
一昨年髙山シェフは世界一のフレンチのシェフを決める「ボキューズドール世界大会」に挑戦された。まず予選の日本大会を1位、さらに2次予選のアジア大会でも1位で突破し、昨年日本代表としてフランス本国での世界大会に臨んだ。参加国は選ばれた24か国だけ。結果は惜しくも第5位であったが、上位クラスは国が予算を付けて後押ししているのに対し国の援助もなく、毎日の業務をこなしながらよく奮闘されたと思う。因みにフランスは第7位である。料理のテーマは大会の直前まで知らされず、また日本らしさを審査員にアピールするため大変苦労されたそうだ。京都の禅寺で座禅を組んで心を落ち着かせたり、料理だけでなく料理を飾るお皿やその上に乗せる日本らしさを演出する松の木をデザインしたオブジェなど職人さんといっしょになって考えたり、その謙虚な姿勢がNHKでも紹介されていた。その世界では雲の上の存在であるが、それを感じさせない好青年髙山シェフのファンである。
藤井 芳夫
藤井内科クリニック