2016年
10月号

連載エッセイ/喫茶店の書斎から ⑤  北山冬一郎その後

カテゴリ:文化・芸術・音楽

出石アカル
書 ・ 六車明峰

 本誌2010年10月号から五回にわたって、幻の詩人北山冬一郎のことを書いた。
 兵庫県文苑の長老宮崎修二朗翁の「北山冬一郎という詩人は文章は上手かったが、どうしょうもなく駄目な人間で…」という言葉に、わたしはなぜか興味を持ったのだった。
 詩集『祝婚歌』や『風の中の歌』などで戦後の一時期有名になっている。また、調べてゆくうちに太宰治とも関係があり、太宰の死後いち早く、その愛人太田静子になりすまして『小説・太宰治』を裏出版したりと、波乱の人生を送り、さんざん周りの人に迷惑をかけたあげく、春の霞のように世間から姿を消している。そんな彼のことを評伝風に書いたのだった。
 連載中わたしは、ブログ「喫茶・輪」に折に触れ北山のことを書いた。すると、「もっと詳しく知りたい」とのメッセージが次々に入るのである。
 実はあの著名な作曲家團伊玖磨が、北山の「ひぐらし」や「紫陽花」など、いくつかの詩に曲をつけている。そしてそれが今でも全国各地のコンサートで歌われているのだ。しかし、作詞者の北山がどのような人物かは知られていない。調べても分からない。で、ネットで探っているうちにわたしのブログに辿りつくというわけだ。そんな声楽家や研究者からの問い合わせは今も絶えず、その都度わたしは、資料のコピーを郵送して差し上げている。
 あの連載からすでに五年が過ぎるが、その後わたしが入手した情報がいくつかある。今後の研究者のお役に立つかもしれないので、今回はそれを書きとめておきたい。

 最近入手したものに『情痴讀切特集』(昭和二十四年)という、いわゆる戦後のカストリ雑誌がある。それに北山が小説を載せている。カストリ雑誌に盛んに書いていたという宮崎翁の話は本当だったのだ。目次欄の名前は大きな活字で特別扱いだ。読んでみると予想したようなエログロではない。ごく普通の恋愛小説だ。
 この本、翁にお見せしたら、目次を見て「この小川昇という男は…」などと懐かしそうにしておられた。やはり宮崎翁(94歳)は戦後文学界の生き字引だ。

 北山の人となりについては、『太宰治・失意の遺書』(別所直樹・世紀社出版)にかなり詳しく出ていることを連載の中でも触れた。しかしその後、知人の松岡高氏から新たな資料を頂いた。氏は無類の読書好きで、度々わたしに情報を提供して下さる人。今回は編集工房ノアの宣伝誌『海鳴り』6号(1989年6月)のコピー。それには、原三佳氏が「朝顔と十姉妹の周辺」と題したエッセイを載せておられ、北山冬一郎のことが10ページにわたって書かれている。読んでみて驚いた。宮崎翁から聞いた話をしっかりと裏付けるものだった。「…なにかの形で、ひとそれぞれの損失を北山冬一郎から受けたことだけは間違いなかったのです」などと、周りの人に迷惑をかけっぱなしだ。そして「北山冬一郎も生きていればきっと訪ねてくれるだろう」と、やはり煙のように消えている。幻の詩人と呼ばれる所以だ。
 それからまた、松岡氏が教えて下さった資料に、『文藝・新風』(昭和二十一年四月一日新風社)というのがあり、これの目次の登場人物が凄い。石川達三、織田作之助、阪本越郎、田中冬二、小野十三郎、竹中郁など。そして、北山冬一郎が詩を載せている。
 『文藝・新風』は北山が発行人。これも宮崎翁がおっしゃる「羽振りのいい時もあった」を裏付ける。
 その「旅愁とは」という詩。北山の二冊の詩集には収められていないので上げておこう。

あてどなく
たつたひとりで旅にきて
明るい海と山にかこまれ

この愁ひを
捨つるところさへない

祈りも悲しみも
一切を忘れ
流離のおもひできたものを


わがこころを吹き

わがまぶたを濡らし

ああ

あなたが
遥かすぎてせつない

 やはり、作品が人を表すとは限らないのだ。

20161009601

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

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