2月号
始動! スパコン「京」K computer
理化学研究所
次世代スーパーコンピュータ開発実施本部開発グループ
グループディレクター
横川 三津夫さん
―いよいよ11月から共用開始予定のスパコン「京」ですが、今はどんな段階ですか。
横川 昨年8月にハード全て864台の設置が終わりました。今はまだ完成といえる段階ではなく、車でいえば、ガソリンを入れずに点検・調整中というイメージです。
―昨年は6月と11月の2回、スパコン性能ランキングで世界最速を達成する快挙でした。
横川 6月の時点ではまだ8割の段階でしたが28時間動き続け、11月には全システムを使い、29・5時間休みなく動き続けました。これだけの規模のシステムを動かし続けるという技術はすばらしいものがあります。私たちが提示する指針に基づいて、富士通さんが千人規模で設計・製造し、システムを開発してきました。相当頑張ってこられたと思います。やはり嬉しかったですね。
―この技術を応用して、富士通も新しいコンピュータを発売したそうですね。
横川 「京」の技術をベースにして、更にCPUの性能を上げたものを商用化しています。本体カラーも「京」とは違って、富士通カラーのレッドです。本来このプロジェクトは、10ペタフロップスの計算機をつくることと同時に、技術の下方展開もひとつの目的にしています。そういう意味で、商用化できたということは、当初の目的の一つを果たせたといえます。
―開発者として、完成、共用開始後に期待するところは?
横川 システム開発には、純粋に計算機を開発することと、計算機を使って何らかの成果を上げるという2つの方向性があります。このシステムはまさしく、後者に焦点をしぼって開発してきました。一般の方も課題を申請できますから、色々なテーマが上がってくると思っています。企業でも、今やスパコンがなければ研究・開発が進まない時代です。これを機に、スパコンを利用する技術が浸透して、広く一般の開発にも役立ってくれればうれしいと思っています。
―11月に世界一として登録された10・51ペタフロップスとは?
横川 1秒間に何個の足し算、掛け算ができるかを表す単位を「フロップス」といいます。10の3乗回がキロ、6乗回がメガ…、ギガ、テラ、その上の15乗回が「ペタ」、1の後ろに0が15個。京は約10ペタですから、更に1個0が増えて、1秒間に10000000000000000回の計算ができます。例えれば、地球上の人口70億人が、全員で1秒に1回の計算をしても17日間要する計算量です。
―ほー、なるほど…気が遠くなりそうです。
横川 おそらく、「何故、そんなにたくさんの計算をする必要があるの?」と思われるでしょうね。説明するのは非常に難しいのですが…、身の回りの現象は、数学の記法による難しい偏微分方程式で表現することができます。数学的な手段を用いるとそれを、足し算と掛け算を基本とした数式に書き換えることができます。そうすれば、計算機上で計算できますが、細かい現象を解明しようとすると、足し算と掛け算がすごくいっぱいになってしまい、スーパーコンピュータが必要というわけです。
―「京」を使った国家戦略として、「生命科学・医療・創薬」「新物質・エネルギー」「防災・減災」「ものづくり」「宇宙」という5つの分野がありますが。既に計算を始めているものもありますか。
横川 昨年4月から約200人の研究者に「京」を試験的に使ってもらっていて、既にプログラムが京で動き始めています。プログラム開発は何年も前から始まっていますから、今までに開発してきたプログラムを今、京を利用して計算を進めているものもあり、5分野まんべんなく結果が徐々に出始めているようです。
―中でも「防災・減災」については、昨年発生した東日本大震災を受けて、地震や津波のシミュレーションも始めているのですか。
横川 海洋研究開発機構横浜研究所に設置されている「地球シミュレータ」で行っていると聞いていますが、このプログラムを京で動かす準備を進めており、その作業には我々も協力しています。まだ結果が出る段階には至っていませんが、整備は順調に進んでいます。
―既に成果が現れている研究はありますか。
横川 筑波大学、東京大学、富士通と協力して、次世代半導体に用いられるシリコンナノワイヤの電子密度の効率的な計算に成功したことで、高い計算性能とアプリケーションの成果に対して与えられる「ゴードン・ベル賞」を受賞しました。「京」の一番目の成果といえます。
―「京」が神戸にあることに関してはどう思われますか。
横川 周辺には色々な企業もあり非常に好都合ですね。国際都市神戸から世界的な成果を発信できればいいなと思っています。
―関東出身の横川さんにとって、神戸の印象は?
横川 田舎育ちで都会の雑踏は苦手な私にとって神戸は、海も山もあり、山の向こうには自然があり、とても住みやすい街です。食べ物ではお魚がおいしくて、中華街も楽しんでいます。
―共用開始後もしばらくは神戸ですか。
横川 私自身もテーマを持っていますので、「京」を使ってシミュレーションをやっていきたいと思っています。
―いろいろな成果がでる日を心待ちにしています。ありがとうございました。
インタビュー 本誌・森岡一孝
横川 三津夫(よこかわ みつお)
1960年茨城県生れ。1984年筑波大学修士課程理工学研究科修了。1984年日本原子力研究所計算センター。1994‐1995年コーネル大学コーネル理論センター客員研究員。1997年地球シミュレータ研究開発センターにてハードウェア開発に参画。2002年産業技術総合研究所グリッド研究センター。2006年理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部。2002年,2011年ゴードン・ベル賞受賞。工学博士。