4月号
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ 狭まる世間に落語の寛容さを
落語家 月亭 八方 さん
敵は少ない方がいい
─なぜ落語家になろうと。
八方 漫才師になりたかったんですけれども、一緒にやる人間がいなかったんです。でも、漫才を見ていくうちに落語を知って、落語という形をとれば一人で喋れるなと。
─なぜ月亭可朝師匠に入門を。
八方 米朝系へ入門しようと思ったのですが、米朝師匠のところに行くとものすごい弟子の数が多い。僕は高校が浪商で、野球部に入ったんですけれど、1学年だけで700人くらい部員がおってね。優秀な選手が地方から来て甲子園目指す訳ですが、その選手らの練習台代わりにいたんですよ、我々が。そこで身につけたことが「敵は少ない方がいい」。その経験で、人数多いところはあかんなと。そこで、当時小米朝だった師匠のところへ行こうと考えていたら、月亭可朝を襲名したんです。これはちょうどええわと思ってね。
─どんな教えを受けましたか。
八方 「大きな声で喋るように」それだけですね。みなさん口から口へ、師匠の息のまま覚えることが修行みたいなこと言いますけれど、能や狂言はそうかもしれませんが、落語は同じ口調ではあきません。そのことに僕は早うに気がつきましたよ。「師匠によく似てるね」とは褒め言葉かな?と。
─落語の面白さはどこにあると思いますか。
八方 「とてつもない想像」ですね。アホな子がアホなことを言う、それを賢い人が正面向かって受け答えをする。このなんとも言えない基本形が面白いんじゃないかなと思いますね。それをいまの現実に置き換えたら、アホなこと言うと「あっち行け」の世界で、いまの大人が聞いてくれるかどうか。近所に古典落語のような世界があったら、年寄りと若い者が会話するでしょうね。それが唯一落語の世界に残っているんですよ。「つる」なんかも他愛ない噺ですけれど、そうじゃないですか。でもそれが、国が一番求めている「地域社会の共生」なんですね。落語から学ぶことは多いですよ。
落語と現実との乖離
─八方師匠のマクラは面白いですよね。
八方 最近、考え方が変わってきたんですよ。若い頃は面白いということが大条件。関西は漫才が土壌にあって、漫才からお笑いを吸収した人がいっぱいおるんです。宮本武蔵や金色夜叉、忠臣蔵など歴史や小説を漫才を通して知ることが多かったんですね。だから面白いこと言わないといけないと思っていたんですが、この頃はそない面白いことを嘘ついてまで言わんでもええやないかと。というのは嘘で、我々はただの嘘つきですから。でも最近は炎上ばかりで、お笑いも政治家も学者も同じ枠の中に入れてしまうから、勘違いも甚だしい。我々は冗談をほんまのように言うんです。「ほんまですよ!」の「ほんま」が嘘なんですよ。それを政治家がやったら駄目ですけれど、影響が大きいからといってお笑いにもクレームが来るご時世、だんだん嘘をついてはいけないなと感じるんです。そうなると嘘までついて笑いを取りたいですか?となってね。申し訳ないけれど、世間が生きる様を狭めている。でも落語は、落語ですから嘘がつけるのだと思いますね。
─阪神ネタはおなじみですが。
八方 ファンでありながら、阪神が弱くないと笑いが取りにくいんです。この矛盾ね。昔は弱かったから、首ひねりながら「阪神…」と言うだけでお客さんが笑ったし、みな同じ気持ちやったし。でもいまは強くないけれど弱くもない。逆に言うといまは絶対的に強かった巨人がいなくなり、12球団均衡になってきましたでしょ?それが結局、プロ野球の人気がサッカーに多少喰われている一因ですよ。巨人が絶対的だと、巨人ファン以外は巨人を悪者にできるんですよ。にもかかわらず世間は「悪者をつくってはいけません」。そういう時代に落語というものが、唯一嘘をつけて、アホな人間にアホと言い、「私も女泣かせるようになりましたわ」「親泣かせてどうすんねん」といった会話が成り立つんです。落語が現実から離れすぎてしまったのでしょう。だからマクラでウケても落語にはついてこられない若い人が多いんです。
師匠はアマゾン?
─月亭という亭号にはどんな歴史がありますか。
八方 幕末頃に初代桂文枝の弟子に桂文都という方がいて、自分が文枝を継ごうと思ったけれど兄弟弟子が継いだので、桂なんかいらない、桂はぼやけているけれど月ははっきり出て桂より上にあるわいと、月亭文都と名乗ったんです。いま僕の弟子が文都を名乗っていますが、月亭文都を復活させたいと思って継いでもらったんですよ。
─月亭の噺家さんたちは芸風が自由ですよね。
八方 そうでしょうね。ただし、枠があるんですよ。枠を取っ払った自由は自由じゃない。いまの時代音源もあれば映像もある。アマゾンやYouTubeが師匠みたいなもんです。ネタを覚えるだけならそれくらいの気持ちの方がええと思いますわ。僕もそうしてます。
三方一両損の精神を
─以前、関西学院大学のオープンカレッジに通われていましたが、なぜですか。
八方 大学生を経験していなかったのもありますが、その頃いろいろな失敗をしていて、大目に見てもらうためには学生証があった方がええなと思って。僕の研究テーマは人の流れと金銭の流れ。人は賃金の低いところから高いところへ流れる。いわゆる出稼ぎですよね。でも日本へは学生であるとか、研究者など国同士が認めた人とか、政府が認めた者以外は不法就労になる。それを僕は、大阪の芸人が東京へ行く時に置き換えたんです。大阪の芸人は大阪のテレビ局で落語を一席します。それを東京のキー局から発信したらギャラが違うんです。つまり賃金の違いがあると。だから大阪で少し売れると、吉本は東京へ出そうとするんです。ところが東京で受け入れてくれるのは吉本が薦めた人だけ。一旗揚げるで!と吉本抜きに東京へ行った人間は使ってくれない、不法就労なんです。授業を聴いているとき、こんな風に芸人に話におきかえているんですよ。だから現役の学生より理解できるんです。米の自由化の問題も、落語の「三方一両損」のみたいな話。いまいろいろな国際問題がありますが、「三方一両損」の精神が大切じゃないでしょうか。政治家は落語から学ぶべきですよ。
─喜楽館はいかがですか。
八方 やりやすいですよ。でも神戸だけのお客さんではまかないきれないでしょうから、兵庫県全体とかもっと範囲を広げないと。新開地も昔のような訳にはいきませんよね。これも時代の流れでしょう。夜興行は難しいと思いますから、昼興行を充実させたら良いのではないかと個人的には思います。
─最後に、今後の抱負を。
八方 最近、浪曲にものすごい興味を持ってね、浪曲師になりたいなと。なれませんけれど。
神戸新開地・喜楽館
(新開地まちづくりNPO)
TEL.078-576-1218
新開地駅下車徒歩約2分
(新開地商店街本通りアーケード)