8月号
神戸鉄人伝 第104回 洋画家 松下 元夫(まつした もとお)さん
剪画・文
とみさわかよの
洋画家
松下 元夫 (まつした もとお)さん
夜明けの空のようなピンク色の画布に埋め込まれた木の破片。画面を横切る荒々しい筆跡。「音・ひびく」のタイトルを問うと、「これですよ、これ」とギターを手に取り、奏で始めた洋画家・松下元夫さん。「絵の要素、絵の色と形が音を奏で響き合っている。ちょうどギターの音色のように。それで“音・ひびく”なんです」と語る松下さんに、お話をうかがいました。
―絵画の道に進まれたのは?
絵は中学生くらいから好きだったけど、この頃は美術部にも入っていませんでした。関西学院大学の美学科へ進み、弦月会で描き始めて四年生の時に二紀展で初入選して、以後ずっと二紀会に出品しています。その縁で、森本健二先生率いる天満の二紀洋画研究所に通うようになりました。妻とはそこで知り合ったんです。
―奥様の松下玲子さんも洋画家ですね。
出品先は同じではないですが、お互い制作と発表を続けています。若い頃はふたりで、児童画教室をあちこちでやりました。30年以上続きましたかね、幼稚園などでも教えましたよ。当時は情操教育といって、子どもにピアノやお絵描きをさせるのが盛んでしたから。
―お仕事は美術関係だったのですか?
私は神戸新聞社に入社し、編集局のデザイン部門で地図やカットやレタリングなどを担当していました。よい写真が無いからイラストを描くよう言われたり、とにかく何を描かされるかわからない、しかも時間内に仕上げないといけない仕事です。大変でしたが、定年まで勤めました。
―最近の絵のピンク色は、何を表しているのでしょう?
ピンクは宇宙空間です。私の場合、出発点は土の色。子供の頃に開拓団として北海道に渡ったので、サロマ湖と原生林が私の原風景なんです。大地の色と宇宙の色で世界を表し、埋め込んだシュロの化石は地球の歴史を表している。コラージュの手法ですが、私なりのセオリーに基いています。
―震災を表現した作品は?
阪神・淡路大震災を表現した作品に、埋め込んであるのはあの時の廃材です。画面を分割している筆の痕跡は断層、地球のエネルギーのすさまじさを表現しています。何万年、何億年かけて地球が造ったものと、人間が創ったものをコラージュの手法でひとつ画面に描く、これは抽象画だからできることです。
―抽象的な表現で目指すものは?
具象画であれ抽象画であれ、大切なことはそこに現代を問う表現があるかどうかです。絵を描くことは、突き詰めれば「どう生きていくか、生きざまをどう表現するか」を追求すること、即ち観照です。私はそれを抽象画で表現しようとしています。抽象画を描き続けた私を、二紀会が育ててくれたと思っています。
―ご自身も、後進の指導に尽力されていますね。
今は児童画教室ではなく、カルチャーで指導しています。いっせいに人物や静物を描くのではなく、各自にテーマを決めさせるやり方です。公募展に出品できるようになるまでには時間がかかりますが、ひとりひとりが個性を伸ばせなくては意味が無い。絵を志す若い人が来て描ける研究所があればいいのですがね。IT時代に逆行するけど、私は手作業にこれからの可能性があると思っています。
(2018年6月7日取材)
悠久の歴史と現代を見つめる松下さん。難解な画面が少し読み解けた気がしました。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。