2017年
11月号
「オペラの舞台は重労働ですよ、終わった時は3キロくらい体重が減っていたりします」と松本さん。「まあ、打ち上げのビールで元に戻りますが」

神戸鉄人伝 第95回 声楽家 松本 薫平(まつもと くんぺい)さん

カテゴリ:絵画

剪画・文
とみさわかよの

声楽家
松本 薫平(まつもと くんぺい)さん

 オペラ「蝶々夫人」終盤、松本薫平さんによるソロが終わると、会場は拍手に包まれました。「ブラボー!」の声の主はやはり声楽家の父、松本幸三さん。お二人は親子二代、神戸を代表するテノール歌手です。イタリア声楽コンコルソテノール特賞をはじめ兵庫県芸術奨励賞、神戸市文化奨励賞ほか数々の賞に輝き、ソリストとして活躍中の松本薫平さんにお話をうかがいました。

―松本家と言えば、声楽家のお父様とピアニストのお母様に始まる音楽一家なわけですが、やはり子供の頃から音楽に親しんで?
 まあさすがに音楽と、それから体育の成績はよかったです。小学生の頃バタフライで水泳の全国大会に出場、決勝まで残ったくらい。ピアノは宿命のごとくやらされましたが、あまり熱心ではなく練習しませんでした。それで何か楽器をと勧められ、チェロを選びました。中学時代はカッコいい先輩に憧れて、ヘビメタにはまりました。父は怒るどころかドラムを貰って来てくれたり、自由にいろんなことやらせてくれました。

―声楽の道へ進むと決めたのは?
 中学3年生の受験前です。チェロで音楽高校への受験を考えていました。お名前をお出しするのもおこがましほど、すばらしい先生に師事していたのですが、あいにく実力が伴わず、とても受験に間に合わないと言われてしまいました。たまたま講習での視唱の授業で「いい声してるね」と言われたので、それを父に言ったら「じゃあ声楽をやればいい」と。それで急きょ声楽に転向して、京都市立堀川高等学校音楽科(現京都市立堀川音楽高等学校)へ進みました。

―最初から声楽志望でなかったとは、意外です。
 今思えば父も、僕に声楽をやって欲しかったのでしょう。でも父は決して強制はせず、僕が同じ道に進んでからは、全面的に応援してくれています。父に習ったのは受験の時だけですが、松本家のファミリーコンサートには学生時代から出ています。親子で歌う時、音楽に対する意見の違いは無いのですが、気は遣いますね。これはお互いだと思います。

―デビューまでの道のりについては。
 東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業した後は院へ進むつもりでしたが、イタリアへレッスンを受けに行った時に、フィオレンツァ・コッソット先生に「今すぐ留学しなさい」と言われます。親の許しを得て3年程イタリアで勉強した後、大学の非常勤の職を得て帰国しました。東京での活動も考えましたが、やはり地元で頑張ってみたいという思いがあって、29歳の時に関西二期会のラ・ボエーム・ロドルフォ役でデビューしました。

―神戸の音楽家二世なわけですが、お父様世代との違いをどのように感じておられますか。
 父世代は元気で豪快です。公演の前日に酒を飲んで、「飲んで歌えるのがプロや」と言うんですから…。僕ら世代は「お客様に最高のパフォーマンスを」と思って体調管理するのが当たり前、まあ真面目です。でも父世代の皆さんは、自分以外の人のためにも頑張る一面があります。おかげで神戸はクラシック音楽、バレエ、美術、いけばななど創造的なジャンルの人達がつながっている。こんな土台を作ってくれたことには、敬意を表します。僕ら世代は右肩下がりの時代のせいか、自分のことに精一杯の感がありますね。

―これからの抱負をお聞かせください。
 芸術はもともとパトロンやタニマチあっての文化なので、理解してくれる人がいないと続かない。オペラやバレエは日本には無い文化ですから、理解していただく努力が必要です。まずはクラシック音楽を身近に感じてもらうことが大切なのですが、聞いていただくからにはやはり「本物の古典」をお届けしたい。本物のクラシック音楽を創り上げること、学んできたものを継承していくことが、僕たちの使命だと思っています。             (2017年9月23日取材)

ご自身の使命感や決意をはっきりと、でも力むことなく軽やかに語ってくださった松本さんでした。

「オペラの舞台は重労働ですよ、終わった時は3キロくらい体重が減っていたりします」と松本さん。「まあ、打ち上げのビールで元に戻りますが」


とみさわ かよの

神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。

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