2024年
5月号
(実寸タテ15㎝ × ヨコ10㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から96 ドリアン助川さんと

カテゴリ:文化人

この号が出る時にはすでに終了している。
ドリアン助川さんとの合同朗読会だ。
4月27日、西宮市の浄土真宗本願寺派寺院、信行寺本堂において。
ドリアンさん(以下ドリさんと書く)は樹木希林さん主演で映画化された小説『あん』がヒットし、それはフランスをはじめ世界各国で翻訳出版され国際的作家になっておられる。
この企画、実は4年前に東京神保町のブックカフェで開かれることになっていた。ドリさんが「人の世の味わい そのすべてがここにある」と推薦文を提供してくださった拙著『完本コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版刊)の出版記念イベントとしてである。
それはドリさんとわたしが『完本コーヒーカップの耳』を朗読し対談するというもの。わたしはホテルを予約し新幹線のチケットも用意して備えていた。しかしコロナである。直前になって延期になり、やがて中止となってしまって残念な思いをしたのだった。
ドリさんはその後も折に触れて「今村さん、落ち着いたらぜひ朗読会をやりましょう」と言ってくださっていた。
その間にもドリさんは新しい作品を次々と世に送り話題になり、海外でも翻訳出版されるなど忙しさを増し、ファンも激増している。そんな中での今回の朗読会である。
定員は50人。公表すれば、あっという間に定員オーバーになることは必定、収拾に難儀する恐れがある。ということで、わたしが個人的に様子を見ながら声掛けをし、定員に達したところで締め切ることにした。
今回は拙著だけの朗読会ではなく、ドリさんの著書『動物哲学物語』(2023年10月・集英社)と合わせてのもの。お互いに自著を朗読することになっている。
ドリさんは自分を作家ではなく「朗読者」と称しておられる。『朗読ダイエット』という本もあり、いわば朗読のプロだ。
プログラムの中には二人での対談もある。『動物哲学物語』についての知識を前もって深めておかねばならない。
そんなことを考えている時に丁度、これは!という雑誌を見つけた。
季刊誌『kotoba』冬号(2023年12月発行)。
この中にドリさんと芥川賞作家玄侑宗久氏との対談記事があって、『動物哲学物語』が取り上げられているのだ。早速入手して読んだ。それは大いに役立つものだった。
ところでこの雑誌を入手したことで余禄があった。わたしにとって興味深い記事がほかにも載っていたのだ。
将棋が趣味のわたしには「対談 酒井邦嘉×羽生善治」の生成AIについての記事が興味深かった。さらに、ノンフィクション作家高橋秀美氏が「校正」について書いておられて、これには頭を一撃された気がした。その冒頭。
 《誤植?まったくないです。聞いたこともありません。》
わたしは印刷物に誤植は宿命だと思っていたのでこれには衝撃を受けた。こんなことをさらりと語っているのは、医薬品メーカーに勤務する人だった。誤植の経験は四十年間一切ないというのだ。
たしかに医薬品の表示や説明書に誤植があれば《服用した人の命を奪うことになりかねないし、会社にとっても命取りになる。それゆえ担当者は文章を「神経をすり減らして厳重に点検管理する」》と」。
要するに真剣度が違うのだ。
さらに文章についても、
 《解釈の余地を削りに削っていく。誰がどこで聞いても同じでないといけない。(略)美しく面白く伝えるなんてタブーです。非文学的というか無味乾燥、主観を排除して客観的な事実を伝えるんです。》
法律の文章もそうかもしれないが、薬品ならばなおさらのこと。主観は厳禁なのだ。
わたしはとてもそのような世界では生きていけない。ここ「KOBECCO」では自由に書かせてもらっているのがありがたく幸せなことだと思い知ったことだった。

さて、四月二十七日のドリさんとの朗読会はどんな風になるのだろうか。わたしは「客観」を排除して「主観」ばかりを話すことになるのではないだろうか。
この号が出るころには結果が出ている。

(実寸タテ15㎝ × ヨコ10㎝)

六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。西宮芸術文化協会会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。

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