2023年
10月号
(実寸タテ15㎝ × ヨコ10.5㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から89 青春の詩人・竹内浩三

カテゴリ:文化人

宮城県角田市から仕事で東京まで出てきた彼女は「ついでだから」といって西宮のわたしに会いに来たのだった。しかも各駅停車の青春切符で。あの東北大震災以前だったから、もう長いお付き合いになる。
わたしがパソコンでなにかを検索していた時に、偶然浮んで来た彼女のブログのある文章がわたしのアンテナにひっかかり、通り過ぎることが出来ずに連絡を入れたのが、彼女とのお付き合いの始まり。
やはり、ただものではなかった。森文子さん。
パントマイムやピエロを演じるパフォーマーだ。「東北の女道化師」とも呼ばれ、宮城県を中心に活躍している。もしも彼女が東京に活動の拠点を移したなら、きっと全国的な人気者になる人だと、わたしは信じている。
その人のフェイスブックにこのほど載っていた記事にわたしはびっくり。
『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』という本の事を書いている中の次の文章。
《わたくしの大切な言葉の恩人の一人でもある今村欣史さんが大切に思っておられる足立巻一さんも竹内浩三さんの言葉に撃たれ、世に伝えねば!の思い強くした一人としてこの本の中に登場する。》
えっ?足立巻一!
足立巻一は神戸の詩人で、評伝作家だった人。わたしの人生の中で最初に心から尊敬できると思った人である。これはこの本、入手しないわけにはいかない。
『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』(稲泉連著・中公文庫・2007年刊)。
詩人、竹内浩三の評伝文学。
元々は中央公論新社から2004年に単行本が出ている。著者の稲泉さんは1979年の生まれ。この本を書いた時はまだ二十歳を過ぎて間もない頃だ。しかし取材力が素晴らしい。描写力も見事だ。著者自身の心の動きも興味深く、ぐんぐん読まされる。
こんな記述がある。
《(略)高橋庸治さんを訪ねた。彼は2002年現在、松阪市の本居宣長記念館の館長をしていた。》 
この高橋館長は足立巻一先生の著書『戦死ヤアワレ』にも重要な役割で登場する。
この本居宣長記念館だが、わたしは一度訪れている。1991年の冬。足立先生がお亡くなりになったのは1985年だったから、その6年後だ。10人ほどのあるグループで松阪方面に旅行に行った時、ほかの誰もが「松阪牛」にしか興味がない中、わたし一人の気ままで「本居宣長記念館」を旅程に入れてもらったのだった。
記念館では足立先生は有名人だった。宣長の一子、本居春庭の評伝文学『やちまた』を書くために何度も訪れておられる。松阪市のそこへわたしも行ってみたかったのだ。
ここまで書いてきて、そうだ、足立先生が松阪を語るラジオ番組の録音があったはずと思い出した。NHK第二放送「一冊の本」。梶井基次郎の小説「城のある町にて」をめぐる文学談義。ここでいう「城」が松阪城址で、記念館はそこにある。
足立先生独特の早口が懐かしい。この一年後に先生は72歳でお亡くなりになるのだが。

話を『ぼくもいくさに…』に戻す。
20ページほどにわたって、足立巻一先生と桑島玄二さん(わたしも何度か書簡を交わしたことがある詩人・評伝作家)の話が詳しく出ている。ほかにも神戸の詩人、たかとう匡子さんまで登場している。
そして極めつけは、解説を書いておられる出久根達郎さん。わたしの知る人がこんなにも。その本をこれまで知らなかったなんて恥ずかしい。森文子さん、いい本を紹介してくださってありがとうございます。
感動のうちに読み終えたが、足立先生や桑島玄二さんが竹内のことを書いた時より、新しい重要な資料も見つかっており、より充実したものになっている。ここで内容を詳細に書く余裕はないので、出久根さんの解説文から一部をお借りしよう。
《竹内浩三が、「骨のうたう」で脚光を浴び
たことも、私は不幸な出発だったと思う。
「戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ」で、反戦詩の代表作とレッテルを貼られた。竹内は反戦詩人とみなされ、そのように読まれた。間違っているわけではなく、悪いのではないけれど、読者を狭めた、という気がしないでもない。竹内浩三が「青春の詩人」と見られたなら、もう少し若い人たちに受け入れられたのではないか。》

そう、わたしも思う。竹内浩三は「青春の詩人」だったと。

(実寸タテ15㎝ × ヨコ10.5㎝)

六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。西宮芸術文化協会会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。

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