2023年
10月号

連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第4回〜

カテゴリ:文化人, 神戸

ニュートリノとは

宇宙のはじまりとは―。最初に存在した最も基本的な物質、つまり素粒子を組み上げて恒星や銀河系をつくり、宇宙は出来上がったと考えられています。素粒子のひとつニュートリノを研究することで、なぜ宇宙の始まりが解明できるのか、この連載で素粒子物理学者の多田将先生に教えていただきます。

前回は「素粒子とは何か」についてお話ししました。今回は、その素粒子の中でも、僕の研究対象であるニュートリノについてお話しします。
素粒子には、みなさんの身体はじめ世の中のあらゆる物質を構成する素粒子、力を伝える素粒子(光子など)、他の素粒子に質量を与える素粒子(ヒッグス粒子)といったものがあります。その中で物質を構成する素粒子は一二種類あります。図はそれを分類して表にしたものです。「世代」というのは「generation」の訳語ですが、別に徐々に進化していくとかそういうわけではなく、種類のようなものだと思って下さい。同じ世代(縦の列)にある素粒子同士は、お互いの反応に大きく関係があります。「クォーク」とは、第3回にも出てきた、陽子や中性子などを構成する「強い力」が働く素粒子です。強い力とは、原子核を繋ぎ留めておく力です。強い力が働かないものは「レプトン」と呼ばれます。この表の一番下にニュートリノがあります。ご覧のように一種類ではなく、三種類あります。そして、この、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノは、全く別々の素粒子です。
ニュートリノは、原子核の反応では必ずと言っていいほどそこから出てきます。例えば原子炉の動力の源である核分裂反応でも反電子ニュートリノ(「反」の意味は次回以降)が出てきますし、太陽の活動の源である核融合反応でも電子ニュートリノが出てきます。太陽でつくられ我々の地球に降り注ぐものは、光が圧倒的ですが、ニュートリノもその次に多いです。みなさんの身体一人当たりに太陽から降り注ぐニュートリノの数は、一秒間あたり六〇〇兆個です。とんでもない数でしょう。しかしその割には、我々には「ニュートリノを浴びている感」がないですよね。「今日は陽射し(光)がきっつぃわぁ」と思うことはあっても、「今日はニュートリノがきっつぃわぁ」と思うことはありません。これはなぜでしょうか。
ところで、ニュートリノというと、多くの日本人は「ニュー」「トリノ」だと思っています。トリノはイタリア産業の中心地ですしね。しかしこれは片仮名で書くからそう思えるだけで、実際には「切る場所」が違います。「neutrino」は、「neutr」「ino」です。新しい(new)ではなく、ニュートラルの「neutr」です。ニュートラルとは、例えば車だとギアがどこにも入っていない状態のことですが、この場合のニュートラルは、「電荷が正でも負でもない、電荷を持っていない」ということを意味します。そして「ino」は、こちらはイタリア語で、「小さい」を意味します。こうしてイタリア語と英語を混ぜるからいけないのかも知れませんが、その名づけ親は、イタリアから米国に亡命した物理学者エンリコ=フェルミだからなのでしょう。この「電荷を持たない」「小さな」粒子という名前が、ニュートリノの性質をよく表わしています。電荷を持たないことは電磁力を受けないことを意味し、それは世の中のほとんどの物質と反応しにくいことを意味しています。なぜなら、第3回でお話しした原子の周囲を覆う電子とは反応しないからです。そして、反応する場合には原子の中の原子核と直接反応することになるわけですが、この原子核がこれまた第3回でお話しした通り、原子の一〇万分の一しかない上に、ニュートリノの「ino」が示すように、ニュートリノはその反応断面積(正面からみた面積、くらいに考えて下さい)が、素粒子の中で最も小さいので、原子核とも反応しにくいのです。どれくらい反応しにくいかの例を挙げましょう。さきほど、太陽から地球にニュートリノが降り注ぐ話をしましたが、このニュートリノが、地球、この直径一三〇〇〇キロメーターの岩石の塊を通過する際に、一度でも反応する確率は、なんと、一〇〇億分の二くらいなのです。みなさんの身体は地球より随分小さいですよね。ですから、一秒間あたり六〇〇兆個のニュートリノを浴びていながら、それがみなさんの身体の中で反応するのは、一〇〇年に一度くらいです。だからニュートリノを感じないのです。
このように極めて反応性に乏しいニュートリノは、宇宙で光の次に多く存在しながら、その性質があまり調べられていませんでした。そこで、それをより詳しく調べるのが、僕の仕事なのです。

PROFILE 多田 将 (ただ しょう)

1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。

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