2011年
7月号

神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第19回

カテゴリ:文化人

剪画・文
とみさわかよの

一東書道会会長
京都教育大学名誉教授・(社)日展常務理事
井茂 圭洞さん

兵庫県は書道が活発な地で、数々の書家を輩出してきました。全国組織の重鎮とされる方も複数名おられ、井茂圭洞さんもそのひとりです。長年、一東書道会を率いてたくさんの書家を育て、展覧会を通じて生活の中における書のあり方を問いかけるなど、精力的に活動されている井茂さんですが、意外にも書を始められたのは「悪筆だったから」だそうです。今も臨書(古筆の造形を通して創造精神を修得すること)を欠かさず、古典に学ぶ姿勢を崩さない井茂さんに、お話をうかがいました。

―書を始められたきっかけが「悪筆」とは、驚きました。
皆さん信じてくれないんだけどね。実は私は、医者になろうと思って兵庫高校に進んだんです。子供の頃に結核性の病を患い、医学の進歩に救われたもので。まあどんな職業に就くにしても、字が上手い方がいいだろうと、書道部に入部しました。そこで日本を代表する書家・深山龍洞先生と出会ったんです。書一筋に生きている先生の姿勢が、ひしひしと私ら生徒に伝わってきましてね。先生にご指導を仰いだのは1年間でしたけど、すっかり感化されました。

―10代の頃、師との邂逅で人生が変わったのですね。
もちろんあの頃に、先生の書のすばらしさを理解できたわけじゃないですよ。でも、「歌舞伎や能は、自分たちの努力で伝統文化を守り育てている。書もそうありたい。私は日本文化を将来につなぐ橋渡しの役をしている。君もそうなってくれないか」と言われ、高校生なりにじんときました。当時は「そういう生き方をします」とは、とても言えなかったけれど、書の道に進むことを決めたんです。

―文字というものは、日常当たり前に使っていて、その成立などを考えることもありません。書には漢字、かな、前衛などの分野がありますが、先生は「かな」がご専門ですね。
文字は、意思を伝達するという用の面もあって誕生したものです。漢字は表意文字で、中国から日本へ、1~2世紀頃に渡来しました。その後、文法の異なる日本語を漢字で表記するのは困難だったので、漢字を表音文字として使うことが定着していきました。楷書・行書を利用した「万葉がな」が草書となり、さらに簡略化されたのが「かな」です。用の面から言えば、漢字を並べていればよかったのに、日本人は「かな」を生み出しました。その根底には、後世「わび」「さび」を生み出す、日本人固有の美意識があったからだと思います。漢字の画数を極限にまで省略したかなは、これ以上は簡素化できないぎりぎりの造形によって、美しさを発揮します。かなの美を語れば話は尽きませんが、その底知れぬ魅力にとりつかれて、今日までやってきましたね。

―自在に筆を運び、自らの作品を創作されている先生が、今も臨書をされるとうかがいましたが…。
プロ野球選手でもスランプに陥ると素振りをするそうですが、あれは基本に立ち戻るためですよね。私も毎朝1時間程臨書をして、それから仕事をします。古典作品は、書家にとって景色、風景なんです。だから理想とされる古典を、繰り返し臨書する。お習字はかたちを学び、書はさらに精神を学ぶものなので、古典からかたちだけでなく、制作者の目指していたところを感じとり、美しさを見てとる。創作は、そこから始まるのです。

―本格的な創作作品の展示とは別に、毎年「親しめる生活美術書作品」を開催しておられますね。
書を学ぶ人すべてに、書家になることを求めるわけにはいかない。極めることだけを求めると、荷が重い人もいるでしょう。だから一東書道会では、昔ながらの扇面や文箱だけではなく、皿やブックカバーにペイントしたもの、軸ではなく小洒落た額装にしたものなどを展示する機会を設け、生活の中での書の楽しみ方を提案しています。「こんな作品を、家の中に置けたらいいな」と思ってもらうのも、私たち書家の仕事ですよ。楽しんで書く人、家に飾って楽しむ人が居てこそ、書の裾野が広がるのですから。

―筆記具が筆からボールペン、そしてパソコンに変わった現代社会で、手書きの文字にはどんな役割りがあるとお考えですか?
文字を意思伝達の手段と考えるなら、パソコンで書けばいいんです。職務の書類はそれでいい。でも、同じ伝えるなら自分の気持ちを込めて―と思った時の手紙は、手で書きませんか?幸いまだ、そういう気持ちは失われていないように思います。心遣いが頭の中を占めてくると、自分で書いて伝えたくなるものですよ。その心を育てていくのが、私たち書家の仕事なんです。今の若い人たちは多忙だからあまり手書きをする時間は無いでしょうが、心に余裕ができた時には、ぜひ自分の字で伝えてみて欲しいですね。別に筆と墨にこだわる必要はない、ボールペンでも、ていねいに書けばそれでいい。たとえ下手な字であっても、心遣いは文字に表れますから、必ず相手に伝わります。

―師の言葉通り、「日本文化の橋渡し」をなさっているわけですが、夢かなえた人生と言えますか?
そうですね、書の道について言うなら、一つ山を越えるとまた次の山が見えてきて、どこまでも行き着くところは無い。夢は感性を磨いて古筆の精神を学び、自分なりの造形、線質で、紙面の余白を追究したい。好きな古筆を自己の美意識でブレンドして、自分なりのものを作りたい。そうやって、異質なものを自分の力で調和の段階にまで高めることができたら、と思います。まあこれはまさに夢、ロマンですよ。そうありたいということです。私もまだまだ勉強中、夢かなえようと努力している途中だね。(2011年6月3日取材)

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。