2020年
4月号
(実寸タテ19㎝ × ヨコ8㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㊼  眼の手術

カテゴリ:文化人, 西宮

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

「喫茶・輪」のママとして明るく立ち働いてくれている妻が、年明けから目の不調を訴えた。
そこで、眼科が充実しているという姫路網干の病院へ行ったのが一月十三日。
大したことはないだろうと思っていたが、診察と検査の結果、「網膜前膜症」ということで手術が必要になり、二月十八日と決まる。
その日は寒かった。芦屋で新快速に乗り換えるのだが、駅の線路に雪の塊があって、滋賀方面からやってきた電車が落として行ったものらしい。ということで、電車は少々遅れてやってきた。そのせいで、姫路での乗り換えに一分しか余裕がなかった。しかもホームが違う。あわてて階段へ向かう。長い階段を年寄り二人がえっちらおっちら、一旦降りて、また昇って行ったのだが、駅員さんが階段の上から「急いでください」と言っている。「ちょっと待って」と言って山陽本線の電車を瞬時待たせてしまった。後で気がついたのだが、階段のすぐ反対側にはエスカレーターがあったのだ。歳は取りたくないですね。
あ、そうだ。芦屋で新快速に乗ってすぐの車内アナウンスに「え?」だった。
「次は姫路~」と聞こえた。その後も訂正はなし。そこでわたしは昔のことを思い出し、隣に座る妻に話して聞かせた。
昔、父親が生きていたころだから、わたしはまだ十代。小学生の弟を連れて二人だけで淡路へ海水浴に行ったことがある。今思うとなぜそんなことを試みたのか不思議なのだが、船で岩屋という所に渡り、そこからバスで洲本へ向かったのだった。その時のエピソードが忘れられないでいる。
バスは満員になったがわたしたちは座っていた。バスの屋根が民家の軒を削るような細い道を走ったのを覚えている。やがて車掌さんが「すもと~」とアナウンスした。あれ、ちょっと早いのでは?と思ったのだが洲本で降りなければならないと緊張していたわたしたちは考える間もなく飛び降りた。が、辺りの景色に違和感がある。しかしバスは行ってしまった。もう待ってはくれない。
実はそこは楠本というバス停で、淋しい場所だった。「スモト」と「クスモト」を聞き間違ったのだ。次に来るバスを待って乗り直したのだが、満員で立ったままになってしまった。そんな情けない思い出話である。
だからもしもその新快速電車の乗客で、「次は姫路」を信じてしまう人がいたら可哀そうだなと思ったのだった。でも、次の三宮駅が近づいた時にちゃんとしたアナウンスがあったので大丈夫だったでしょう。
話が横道にそれた。

無事に時間前に網干の病院に入り、受付で入院手続きを済ませ、病室に落ち着きホッとする。
部屋は五階、窓の外に目をやると田畑が広がっている。網干は姫路の郊外、田舎といっていいのだろう。田畑は、黒、茶、緑といろんな色と形に区切られていて、まるでパッチワークだ。その向こうの方に視線を伸ばすと、今どき珍しい煙突からの煙のたなびきが見える。播磨工業地帯の工場群なのだ。なんだか懐かしい気持ちになる。
反対の側にある談話室からの景色もまた情緒がある。
広々とした駐車場の向こうにはやはり田畑があり、それを突っ切るように、先ほど乗って来た山陽本線が走っている。その向こうにはちょっとした街並みが山の裾に続いており、小高い山の頂上付近には大きな瓦屋根の建物が。どうやら寺院らしい。後で調べてみると、「大日寺」といい、いかにも山寺といった趣のあるお寺だ。近くに「朝日山公園」というのもあって、ハイキングに適しているとのこと。いつか行けるかな?
そうして景色を眺めていると、山陽本線を東から西へと12両編成の電車がゆるゆると走るのが見え、安野光雅の絵本の中の景色を思い起こした。
また話がそれた。
妻の手術のことである。
手術は午後三時からということになっていて、それまで何することもなく妻はベッドで休んでいた。わたしは傍らで読書。ところがふと気づくと寝息が聞こえる。時計を見ると、三時十分前である。わたしは「えっ?」と思った。この人、こんな時に緊張感はないの?と。いくら以前に白内障手術の経験があるとはいえ、やはりうちのカアチャンは頼りになると思ったことだった。
でもね、妻の名誉のために言っときますけど、手術中はさすがに緊張して、体がコチコチになっていたということです。
手術の結果ですが、無事に済んでほどなく退院ということに。状況によれば、一週間ほどの入院になるかも、と言われていたのでやれやれホッとしたことだった。
今回は書斎を離れての話になった。

(実寸タテ19㎝ × ヨコ8㎝)

■六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

■今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2020年4月号〉
集う店 Vol.03  BRACERIA PASTICCERIA BOND
こどもといっしょにLUNCH|Vol.4 ドキンズハートシェイプカフェ
GLION MUSEUM 名車との出会い vol.2
Tadanori Yokoo|神戸で始まって 神戸で終る ③
パンヲカタル 浅香さんと歩く | パンさんぽ |番外編 (イスズベーカリー 井筒…
空中戦だけではない「トップガン」秘話… トム・クルーズから日本へのリスペクト
WONDER WOMAN in KOBE vol.01|中日輪船商事株式会社 専…
マキシン80周年記念「女性に恩返しを」タカラジェンヌOGマルシェ開催!
NOMIENA|Days of Wine and Roses
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection]
Hair&Face Elizabeth|ヘアサロン[KOBECCO S…
il Quadrifoglio(クアドリフォリオ)|ビスポークシューズ[KOBE…
トアロードデリカテッセン|デリカ[KOBECCO Selection]
ALEX|トータルビューティーサロン[KOBECCO Selection]
マキシン|帽子専門店[KOBECCO Selection]
㊎柴田音吉洋服店|ハンドメイド注文紳士服[KOBECCO Selection]
STUDIO KIICHI|革小物[KOBECCO Selection]
北野ガーデン|フレンチレストラン[KOBECCO Selection]
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
ブティック セリザワ|婦人服[KOBECCO Selection]
らくだ洋靴店 三宮本店|セミオーダーパンプス[KOBECCO Selection…
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
ゴンチャロフ製菓|洋菓子[KOBECCO Selection]
ボックサン|神戸洋藝菓子[KOBECCO Selection]
ガゼボ|インテリアショップ[KOBECCO Selection]
北野クラブ|フレンチレストラン[KOBECCO Selection]
マイスター大学堂|メガネ[KOBECCO Selection]
御菓子司 常盤堂|和菓子[KOBECCO Selection]
ノースウッズに魅せられて Vol.09
カワムラの"神戸ビーフ"への思い Vol. 08
神戸のお嬢さん モデル レヌさん
神戸大人スタイル 鉄板DINING 月や 望月 英治さん
海外のスポーツ文化を伝えつづけて150年
輝く女性Ⅲ Vol.8 ブータン コーディネーター 西岡 葉子さん
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ  なぜ、こんなに面白いものを見ないのか
第2回 コウベ フード カンパニー|損得ではなく、善悪で仕事に取り組む
レスキューボートを開発し 命を救う手助けを -株式会社 朔玄羽
神戸市医師会が 阪神・淡路大震災25年 市民フォーラム「感謝と創造 ~そして未来…
縁の下の力持ち 第21回 神戸大学医学部附属病院 リウマチセンター
ウェスティンホテル淡路 ファンダイニング「コッコラーレ」鉄板焼|ホテルの究極ラン…
ホテルクラウンパレス神戸 「マンダリンコート」|ホテルの究極ランチ
神戸ポートピアホテル フレンチレストラン「トランテアン」|ホテルの究極ランチ
神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ 21Fダイニング「Kobe Gr…
ホテルオークラ神戸 ロビー階 カフェレストラン「カメリア」|ホテルの究極ランチ
ANAクラウンプラザホテル神戸 「鉄板焼 北野」|ホテルの究極ランチ
神戸みなとピアノ
芦屋市制施行80周年記念展 と 芦屋和洋館MUSEUM構想
石阪春生さんを偲ぶ ―石阪画伯とバーボンクラブ―
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第一〇六回
harmony(はーもにぃ) Vol.26 危機や難局は 乗り越えるためにある
連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㊼  眼の手術
神戸のカクシボタン 第七十六回 「音楽とお酒が愉しめる艶やかなBAR」
連載コラム 「続・第二のプレイボール」 |Vol.10