2月号
「京」で広がる化学の可能性
株式会社カネカ 先端材料開発研究所
毛利 文仁さん
―「先端材料開発研究所」など5つの研究所を持つカネカですが、スパコン「京」供用開始後には主にどの部門が関係してくるのでしょうか。
毛利 1980年代に、外部機関と共同でタンパク質の構造解析を行うソフト開発をしたバイオ関連の研究所(現在の「フロンティアバイオ・メディカル(FBM)研究所」の前身)が、当社では最も早くから計算化学を始めています。今後もスパコン「京」と深く関わっていくと思います。省エネ・省電力で生産する製造プロセスの開発に力を入れている「生産技術研究所」も計算化学の活用を重視しています。また昨年7月、大阪大学大学院工学研究科に設置したカネカ基盤技術協働研究所には、当社から計算化学の専門家を含め何人かの研究員を派遣し、有機EL材や新たな化合物太陽電池の開発などを目指していますので、今後「京」とは関係が出てくるでしょう。
そして私が関わり、高分子材料やエレクトロニクス材料などの開発を行っている「先端材料開発研究所」です。ISO14000の活動項目「環境負荷低減策」の観点からも、無駄な実験を省き、危険なものや余計なエネルギーを使わないコンピューターシミュレーションは、環境保全のための有効な手段として注目されています。
―FBM研はシミュレーションをどのように活用していくのですか。
毛利 バイオプロセス用の酵素や抗体医薬品の開発では、微生物から原料になりそうな酵素を抽出するのですが、そのままでは実用にならない場合が多く、それらの欠点を改良するためにコンピューターシミュレーションを使っています。大きな規模の計算が要求される分野ですから、「京」とは最も関係が深くなると思います。
―先端材料開発では、どのような場面で活用するのですか。
毛利 電気、光、熱などの働きを持つ機能性材料の研究開発です。この場合、ユーザーの要求スペックを満たすモノをつくることが必要ですが、経験やカンだけでやっていると、大変長い時間がかかります。また、そもそもできないこともあります。それで計算化学を活用して開発期間を短縮したい、あるいは実験だけではできないモノも作りたい、というわけです。今までパソコンとPCクラスターでやってきたのですが、やはり力不足。そこでスパコン「京」に期待しています。ただ、ここで考えておかねばならないことがあります。実は最近、我々化学メーカーのユーザーである電機や自動車の企業でも機能性材料の研究開発を行うようになっているのです。その上、今や「京」やFOCUSのようにどこの機関でも使えるスパコンができ、優秀な公開ソフトも出回っております。これらは当然ユーザー側でも使いますよね。これは化学メーカーとしては困ったことなのです(笑)。
―ユーザー側も機能性材料の研究開発をする時代になってくると、化学メーカーとして、カネカの進む道は?
毛利 大きな問題ですね。ここでは個人的意見として申しあげます。 研究開発のツールが共通化してくると、それを如何に使うかということと、「何を開発するか」、つまり商品企画とが一層重要になってきます。これらに化学メーカーならではの知恵と技術が生かせると思います。
―既にFOCUSを利用している部門もあるとのことですが、役立っていますか。
毛利 大いに役立っています。自前で高性能コンピューターやソフトを用意するのは大変なことですからね。
―グローバル企業カネカですが、今まで世界初で製品化しているものも多いのでしょうね。
毛利 数多くあります。例えば、ヨーロッパのミネラルウォーターのペットボトルに使われてきた、強さと透明性を両立させた塩化ビニール樹脂改質材「カネエース」。建築用シーリング材「カネカMSポリマー」。炭酸ガスと水になって自然に帰っていく生分解性ポリマー「アオニレックス」。バイオ法による抗生物質の原料「HPG」、健康補助食品である還元型コンエンザイムQ10、血液浄化システム、薄膜シリコンハイブリッド太陽電池などです。複写機・プリンターに使われるプラスチックボンド磁石タイプのマグネットロールも世界初のものですが、80年代にこの開発に参加した私は磁場計算ソフトを開発しました。それが現場で非常に有効に活用されまして、シェアの大幅拡大をもたらしたのです。これは当社の事業にコンピューターシミュレーションが大きく貢献した最初の例ではないかと思います。
―毛利さんは、何がきっかけで科学への興味を持たれたのですか。
毛利 子どものころから、カブトムシ取りや水晶探し、モウセンゴケの栽培やトランジスタラジオ工作、それに化学実験に熱中していました。理科少年が、地元の愛媛大学から大阪大学大学院理学研究科に進み、カネカに入社し、理科少年のまま50年以上過ごしてきたようなものです(笑)。
―科学者から見て、今の日本の〝ものづくり〟についてどう思われますか。
毛利 カンと経験を重視し過ぎて、理論に裏打ちされた合理的なやり方がおろそかになっていますね。そのため、研究開発に時間がかかりすぎて高コストになっているように思います。
―スパコン「京」は理論の裏打ちに非常に役立ちそうですね。そこで企業から見て、スパコンを使って成果をあげるために重要なことは?
毛利 事業イメージを明確にし、実験科学と計算科学とを一体のものとしてマネジメントできるリーダーの育成ですね。そういうリーダーが現れないと、せっかくの「京」が“宝の持ち腐れ”になってしまいます。その育成は容易なことではないと思いますが、最近入社してくる若手には希望が持てますよ。彼らの多くは既に学生時代にコンピューターに触れておりますから。彼らが、物理学と化学、実験と理論など、異なる技術や方法を結び付けて総合的にマネジメントできるリーダーに育ってくれることを期待しています。
―「京」を使いこなす人材育成は急務ですね。豊富な経験を生かして是非、毛利さんにもお力添えいただければと思います。よろしくお願いいたします。
カネカならではの技術葉脈を—
研究のシナジーが、21世紀のエナジーに
毛利 文仁(もうり ふみひと)
大阪大学大学院理学研究科博士課程単位取得中退、専攻は物理化学・結晶化学。1980年2月カネカ入社。以後、1996年10月までプラスチックボンド磁石製品の開発と磁場シミュレーションソフト開発に従事。1996年11月から1999年3月まで(財)基礎化学研究所(現 京大福井謙一記念研究センター)に出向。同年4月に会社復帰、現在に至る。