2019年
12月号
12月号
兵庫県のANDO建築探訪 ⑫
六甲の集合住宅 神戸市灘区 1983年Ⅰ期完成/1993年Ⅱ期完成/1999年Ⅲ期完成
事務所を始める前は、アルバイトでお金を貯めては、世界を旅してまわりました。古今の名建築巡りが主目的でしたが、ときに思わぬ場所で“傑作”に出会うことがありました。各地の土着の集落です。例えば、ギリシャのサントリーニ島。遠目には湾を囲む断崖が自然の白い彫刻のようでとても美しい。それが一歩中に入ると、立体迷路のように自由自在な街並みです。立地を最大限生かして“全体”の統一感と、生き生きとした“部分”の両方を実現している、まさに「この場所にしかできない」風景だと感動しました。
そのイメージがずっと心にあったからでしょう、1970年代末、六甲山の麓につくる集合住宅の設計依頼を受けたとき、すぐに急斜面に張り付く建築のイメージが浮かびました。クライアントの心づもりは、前面の平らに造成された部分にありましたが、談判の上、背後の60度の斜面に建つ集合住宅を設計しました。単純な住戸ブロックを、自然の地形に落とし込むと、必然的にズレや隙間が生じます。それらを空間の“ふくらみ”として生かすことで、一つの建物としてのまとまりをもちながら、それぞれに間取りが異なる集合住宅にしようと考えました。それで構造、法規を何とかクリアした後、最大の難所は、やはり工事のプロセスでした。「下手すれば土砂崩れ」そんなリスクを承知で引き受けてくれたのは、地元神戸の小さな工務店。私も担当者もまだ三〇代、若さゆえの、怖いもの知らずで、難工事をやり抜きました。まさに“命がけ”の建築でした。
1983年の完成からもう30年余り、六甲の集合住宅は、Ⅱ期、Ⅲ期と“増殖”しています。クライアントは全て違いますが、コンセプトは変わらず、六甲山を背に青い海を望む“この場所にしかできない住まい”です。